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2019年2月19日 (火)

山131:二年半ぶりの山歩きは茨城の宝篋山へ

一昨日、17日(日)には、もう一つの山の会の仲間と茨城の宝篋山(461m)を歩いてきた。酔仙には二度目の山。

このブログ画面の右欄、カテゴリー「山:山歩き」をクリックしていただくとわかるが、2016年9月の筑波山以来二年半ぶりの山歩きである。腰痛と手術後のリハビリで空白が続いたが、やっと念願の低山徘徊に復帰できた。

10時半に麓の小田休憩所に集合。酔仙は自宅からマイカーで2時間弱、早めに到着。駐車場は既に満杯で、少し離れた町中の駐車場に停める。他の仲間は電車とバスで、計11名が揃った。快晴で温かく、心配した風もほとんど無くて、絶好の山歩き日和となった。休憩所の左背後に、山頂のテレビ塔が間近く見える。

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今回の登りは極楽寺コース。かっての小田城の背後の山麓を占めた寺院群の址を抜けて、沢道から中腹、尾根道へと登ってゆく。明るい田畑の斜面にわずかに石仏や石塔など。

沢道はちょっと急。立て札がなければ見落とすほどの小さな「滝」がいくつか続く。これが「五条の滝」↓といわれてもなあ。

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中腹の純平歩道に出てちょっと一息。眺めが開けて、霞んでいなければ富士山も眺められるはずだが。

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落葉樹の林の中の尾根登り。木々の隙間から麓の町も眺められる。休みながら最後の登り道を過ぎると頂上も近い。もう1,2ヶ月すれば、コブシや山桜のお花見が楽しめそうだ。

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2時間弱で頂上に到着。大きなテレビ塔の建物の隣りの山頂に、山の名前の由来の宝篋印塔が立っている。さすがに、しっかりした立ち姿である。

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周りの登山客たちもそれぞれに昼食を広げている。真正面には筑波山が山裾を広げて、きれいな山容を見せている。向かって左が男体山、右が女体山の双耳峰で、麓の赤い鳥居やケーブル駅などもくっきりと見える。

(↓クリックして拡大)

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皆さんから持ち寄りのお総菜などいっぱい頂いた。残念ながら車なので、焼酎や熱燗ひれ酒は見送り。

下山は小田城コース。こちらは、急すぎず緩すぎずの林の中の道をとんとんと下ってゆく。途中、下浅間神社や愛宕神社には、いかにも古代信仰を伝える磐座が鎮座しておられる。

1時間ほどで山を下り終え、125号線を渡って街中を抜けるとすぐ、小田城址。かっては地域の中核として小田氏が治めたが、佐竹氏に滅ぼされ、その佐竹氏が秋田に移封された後は田畑になっていた。当時はまだ高石垣造りの城郭は無く、堀と土塁の城。前回に酔仙が訪ねた時はまだ工事中だったが、その本丸の堀と土塁が復元されてきれいな芝生の公園になっていた。

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街の中には、立派な瓦屋根の大きな造りの民家が目立つ。バスで帰る皆さんと別れて、夕方、無事に帰宅。他のオジサンたちはつくばあたりで二次会をやってからようやく帰途についたようだ。

久しぶりの山歩きだったが、快調にコースを歩き終わり、疲れもさほど残らなかった。自信もついたので、これからどしどし山歩きにも出かけていこう。町内の山の会にも参加したいものだ。

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コメント

もう完全に復調ですね。
足取りもしっかりしていますし、口も達者でした。
お遍路も,低山も大丈夫ですよ。
打ち上げのお付き合いが出来なかったのは残念でした。


小田城は立派なものでしたね。あんなところに?
立派な城があるとは思いませんでした。

投稿: 川崎の酒仙 | 2019年2月20日 (水) 11時08分

リハビリに励んだおかげで、口も足もほぼほぼ
大丈夫ですね。車でなければ、二次会にも参加
できたのですが。ちょっと残念。4月の計画は
その点も考慮します。

小田城は、かっては常陸南部地域の中心として
賑わったと。安土城以前は、堀/土塁の城郭が
普通だったので、城や歴史に興味のある人には
そういう歴史を見直すのに良い復元城址だと
思います。

投稿: 埼玉の酔仙 | 2019年2月20日 (水) 11時27分

お疲れ様でした。
今度は、ビールのお供もよろしくです。
宝篋山は、気持ちの良い山で、筑波山の眺めも良かったです。
小田城址は、想像以上に整備され、石垣の城の前の土塁の平城の様子がよくわかりました。
北畠親房の『神皇正統記』はここで執筆したんですね。

投稿: k2 | 2019年2月20日 (水) 12時49分

祝 低山徘徊復帰
おめでとうございます。
二度目という安心感も、屹度あったことでしょう。

私は50歳過ぎに大病を患って、テニスを再開
するまでに、1年を費やしたことがありまし
たが、本格的にプレイするまでには、更に半年
ほどを要したように記憶します。

投稿: yone | 2019年2月20日 (水) 15時59分

>北畠親房の『神皇正統記』は……
とはいっても、今どきの若い人にはわかるかな?
明治薩長政府以来の「南朝」正統派説に基づく
教科書は、今はどう教えているのでしょうか?

親房の長男顕家を、1991年のNHK大河ドラマ
太平記で、ゴクミが演じていましたねえ。

>祝 低山徘徊復帰……
路上徘徊にならないよう、精進します。
次はお四国遍路への復帰が目標です。
時間さえあれば、この春にも出かけたい所ですが
3月も諸々の浮世のスケジュールが一杯です。
4月、5月はどうかな?
ずれこんだら今秋でしょうか。


投稿: 埼玉の酔仙 | 2019年2月20日 (水) 21時15分

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