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2018年11月17日 (土)

雑662:お焚き上げ

紙資源ごみで出しにくいものは、溜めておいて、まとめて菜園の端っこで焼却する。名簿などの個人情報を含むもの。習字の練習をした下書きもゴミにはしづらい。中国では惜字炉、焚字炉という風習もある。その他諸々の証拠湮滅の類。

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お焚き上げの炎の中にお不動様の姿が示現すれば、酔仙もどこかの教祖様になれるかもしれないが、一向にそんなものも見えてこない。2,3時間かかってやっと半年分ほどの償却を完了。

11/17 追記

古い日記が一山、中断をはさんで、新しい日記が一束。さて、古いほうだけでもいい加減お焚き上げをしなければなあ。でも、今しばらく心残りが。さりながら、見苦しいものは残したくないから、せめて75歳あたりが締め切りか。

”日記焼いてこれだけの灰か” は山頭火の句。

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コメント

埼玉の酔仙様

アリャリャ! この火炎はイエスキリスト様
磔の図ですね。左下には鳳凰が飛び立とうと
しています。
もしかして貴君はキリストの生まれ変わり
か、あるいは予言者か?
    一平
     

投稿: 水無月一平 | 2018年11月17日 (土) 22時01分

予言者は故郷に容れられず、と言います(笑)。
酔仙は、”どうせこの世は”、"これというのも
ABが悪い"などと、世を嘆くたびに、カミサン
から石もて追われております。(~_~;)

「道は違えど死ぬのは同じ」という句も
けっこう真実をついているのかも。

投稿: 埼玉の酔仙 | 2018年11月17日 (土) 22時17分

古い日記類は、京都の生家を売り払った際に、
塵の一部として灰塵に帰した筈です。
今は好い思い出だけを胸に仕舞っておこうと
努めています。


投稿: yone | 2018年11月18日 (日) 18時14分

人間の記憶というのは実にいい加減なもので
都合の悪いことは忘れ、具合の良いことは膨ら
まします。ただ、もっとも忘れたいことだけ、
あれとこれとが、なぜか執拗に反復増大されます。
(~_~;)

「恨みは水に流し、恩は石に刻め」とは
もっともながら、「恨みは百倍、恩は万分の一」
というのが凡人の実感でしょうか。

日記を焼いて記憶も消えるのならありがたい
ことですが、それは無理だから、晩年には
ぼけ老人になって幸せな記憶だけが残ることを
願いましょうかね。

南無大師遍照金剛(-人-)

投稿: 埼玉の酔仙 | 2018年11月18日 (日) 20時34分

お焚き上げをする場所がないので一年前にシュレッダ(中古)を買いましたが、捗りません。ホチキスを外したり、何枚かに分けたりするのがめんどくさいせいか。。。

子供の頃に住んでいた家の風呂は薪で沸かしていましたから、お手伝いと称して焚き口の前にしゃがみこんで、人に見られたくないものをバカスカ燃やしていました。

あ、戻ってきたテスト用紙ではなく、藁半紙やビラの裏に描いたマンガです。

投稿: ぷうぷう | 2018年11月20日 (火) 23時26分

民生委員関係の資料、書類がどんどん溜まって
いくのですが、あと一年後に無事卒業できる
ことになったら、これおどう始末するか。
箱に何杯も、お焚き上げできるような分量では
ありません。

子どもの頃はまだ台所にかまどがありましたね。
お風呂の薪釜もかなり後まで使ってました。
今では物を燃やせる場所も畑ぐらいです。

ぜいたくを言えば、薪ストーブが欲しい。
炎を見つめると、なぜか原始の心に戻っていく。

投稿: 埼玉の酔仙 | 2018年11月20日 (火) 23時55分

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