路273:本が資源ゴミに
今朝はやっと晴れたので、朝のリハビリウォーキング。団地の中の通りの角々には、括られた段ボール紙などが。今日は資源ゴミ回収の日。
おや、嵩高いのは誰かが出した本の束。けっこうあるな。
ここのお家も、「本なんてさっさと捨ててよ」「いや本は捨てられない」等々とせめぎ合いの末、やむなく別れることになったのだろうか。本の置き場所に悩む酔仙にも、他人ごととは思えない。入院中に読了した「折々のうた」20冊ほどは、先日、コミュニティセンターの本棚に引き取っていただいたが、焼け石に水。
本好きの悩みはどこも同じ。「K日向古本市」で自分で売り捌くというアイディアも、K日向まつりの中止で流れてしまったし。せめて古書として次の誰かの手に取ってもらえれば本望だが、ブックオフなどで引き取ってくれるのはごく一部。後は空しく資源ゴミの束へ。(T_T)
この先、電子ブック化が進めば、また「本」の意味も変わるのだろうが、それまでは生きていないだろうな。
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コメント
何故か、書物に対して冷淡であった妻が亡く
なった後に家財の整理をした時に、私の書籍も
廃棄してしまいました。
今は、どうしても置いておきたい書籍のみです
が、再度読み直すものは殆どありません。
投稿: yone | 2017年10月27日 (金) 08時00分
だいたい、どこの家庭でも、カミサンは本と
骨董品とダンナには冷淡なものです。しかし、
何か大きな機会がないと、本にはなかなか手を
つけられません。
かといって、残っている本を再読することが
あるのかといえば、まず99%はありません。
まれに再読してみたら、前に読んだ内容を
ほとんど憶えていないので愕然としたり。
「迷故三界城」→「迷故三方本棚」
投稿: 埼玉の酔仙 | 2017年10月27日 (金) 09時27分