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2016年4月27日 (水)

巡060:48~51番から道後温泉、松山城へ(その2)

4月15日後半。51番石手寺の参拝を終わって、寺の前のきれいな水の流れる用水路沿いに道後温泉へと向かう。柳の街路樹と石の句碑が続く。

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途中の義安寺は姫達磨発祥の寺とか。

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道後温泉に到着。足湯の像は、温泉本館の像を模したもの。

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伊予鉄の道後温泉駅は終着駅なので、普通の路面電車の他に、蒸気機関車を模した坊っちゃん列車も出入りしている。

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観光客で賑わう商店街を、L字型に曲がって抜けた正面が、あの道後温泉本館の独特の建物。

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脇に廻ると、いっそう独自性に満ちた構造である。

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4段階の料金と、皇室用浴室の観覧料、とが掲示されている。

(↓クリックして読めます)

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今日の宿は、本館周辺に大型ビルの温泉旅館・ホテルが林立しているそのすぐ脇。大正9年築の旅館常磐荘。数歩の距離のギャップが面白い。内部はリニューアル済みできれいである。

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宿にリュック、杖、笠、白衣を預けて、山野袋だけの身軽になり、まずは道後温泉本館で入浴。一階は、基本的に銭湯を大きくしたもので、大きな浴槽と広い脱衣場。お湯は透明で癖がないが、よく温まる。二階は大広間で、浴衣と茶、菓子がついてゆっくりできる。酔仙も二階でくつろいで、欄干から外の道路を行き交う観光客などを眺めて、坊っちゃん気分にひたる。なるほど、落語で、湯屋の二階に若い者がたむろして娘さんを冷かして、というのは、こういうことかと納得。ビールが無いのは残念だが、冷えた牛乳瓶で昔懐かしの気分。

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陽のあるうちに松山城も見てしまおうと、電車で大街道電停下車。城山はけっこう標高があるので、リフトで一気に登る。

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思いのほか大きな構えの本丸、天守で、建物も復元棟を含めてきれいにそろって保存されている。現存12城のうち、三本の指には入りそうだ。

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天守へは旧の穴倉から入る。天守単独ではなく、小天守や櫓とロの字型に組まれていて、内部をぐるりと回れるところが珍しい。

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やはり、木造の柱や梁というのは、気分が落ち着くものである。

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最上階からは、松山の町と海山を四方に眺め渡して気持ちが良い。

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5時の閉場までにほぼ見て回ることが出来て良かった。帰りはロープウェイで下城。

宿に戻って6時の夕食。部屋の窓から顔を出すと、すぐ眼の先に本館が見える。

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料理は部屋で順々に供され、ゆっくりお話などしながら、腹9分目、おいしくいただいた。

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洗濯は宿にないので、近くのゲストハウスのランドリーを借りる。いっしょに洗濯中のヤクルトファンの若い人と話などしながら時間をつぶす。

宿に帰って、内湯でもう一風呂浴びる。本館と同じ、透明でゆっくりしたお湯である。

参拝と観光とで歩き回ったが、充実した一日だった。疲れがたまったか、右足の脛の肉が痛むのが気になるが。

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コメント

12現存天主は、丸亀城以外は見学しました。
やはり木造建築には、趣があります。

投稿: yone | 2016年4月28日 (木) 08時21分

日本のお城は、かっては万とあったのでしょうが
秀吉、家康と減らされ、薩長政府と米帝B29とで
たったの12城になってしまったのが残念です。
お寺以外の木造建築と言えば、やはりお城と
古民家です。

酔仙は、次々回にでも丸亀城に登城すれば
8ヶ城、2/3になります。

投稿: 埼玉の酔仙 | 2016年4月30日 (土) 10時15分

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