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2016年4月27日 (水)

巡059:48~51番から道後温泉、松山城へ(その1)

4月15日の前半。長珍屋を発ち、浄瑠璃寺、八坂寺の門前で合掌をしてから、歩を進める。貯水池の脇の道を通って諏訪神社がある。大正2年8月奉納の、赤穂義士討入図や歌舞伎絵の絵馬が並ぶ。

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文殊院。ここにもお四国の猫がドテッと。

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札始大師堂にも参拝。

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川幅の広い重信川を渡ると、この辺りはもう松山市の郊外の感じ。けっこう歩いて、48番西林寺。参拝と納経。

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49番浄土寺。仁王像をくぐり参拝。

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50番繁多寺。小高い境内から、足元の貯水池越しに松山の市街を気持ちよく眺める。

(↓クリックしてパノラマ写真)

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納経所の前には桜の見事な古木があって、桜の花びらが吹き溜まってくる。団体ツアー参拝の方は、納経を添乗員さんまかせだから、この景色は見ていない。

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さて、51番石手寺。ちょっと他の寺とは異質な雰囲気が満ちているので、少し詳しく紹介を。

入口の用水路の脇には、インド仏のレプリカや、見上げるような白龍観音の像が。

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参道は立派な屋根つきの歩廊で、両側に土産物店もあるが、ちょっと寂れ気味。広い境内は、諸堂伽藍やさまざまのユニークな仏像などで埋め尽くされている。

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門前には、「集団的自衛権不用、不殺生祈りの会」の立て看板。境内の立派な三重塔には、「東日本大震災鎮魂、祈回復、祈原発守護」、その他幾つもの祈願札が立てられている。

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圧巻は、やはりこの「八十八霊場都卒天洞」。裸電球を頼りに途中の仏像などを見ながら長々とまっすぐな洞窟をたどると山向こうの車道に出てしまい、また引き返す。

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途中の別れ道もあったが、そこまで入る元気は残っていなかった。宝物館には、いろいろのお宝が雑然と。ともあれ、濃~い感覚に満ちた、酔仙好みのお寺である。

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かの、珍寺大道場HPにも、二回にわたって紹介されていたのも、むべなるかな。今回、酔仙はこの裏石手寺の半分も廻れなかったのが残念である。再訪の機会があれば、ぜひすべてを廻りきりたいものだ。

ところで、ここの「札始め」の由来である、伝説の衛門三郎だが、しつこい乞食坊主を手荒くぶっ叩いただけで、報復に子供八人を呪い殺されて云々、というのは、客観的に見て、いくらお大師さんでもやりすぎだろうなぁ。昔の人の感覚ではどうなんだろうか。

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ちょっと長くなるので、一服して、今日の後半は次編へ。

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コメント

お疲れ様でした。
石手寺の屋根付きの入り口(参道)は、珍しく、よく覚えています。
道後温泉に泊まって、少し足をのばしました。でも、湯築城に寄れなかったので、いつか行こうかと思ってます。

投稿: k2 | 2016年4月29日 (金) 19時06分

お疲れ様でした。
以前、道後温泉に行ったときに、石手寺まで足をのばしました。
入り口の屋根つきの道(参道?)が一番印象に残ってます。
そういえば、湯築城に寄るのを忘れたので、また道後いかねばと思ってます。

投稿: k2 | 2016年4月30日 (土) 09時01分

珍寺大道場によれば、表石手寺と裏石手寺という
表現でしたが、まさにこの裏側の顔が酔仙好み
です。

湯築城は、地元の河野氏の城址が、復元されて
公園になっていますが、当時の土塁を主とした城の
ようです。

観光旅行ならじっくり見て回る所の多い松山ですが
今回はかなり急ぎ足でした。次の機会にはゆっくり
観光したいものです。

投稿: 埼玉の酔仙 | 2016年4月30日 (土) 10時05分

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