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2014年3月30日 (日)

巡013:四国歩きお遍路への出立。まずは1番霊山寺。

3月20日(木)。前日までに用意したザックを背負って、やや曇り空のもと、HW駅を8:18発。東京駅から新幹線のぞみ号で岡山駅へ。快速マリンライナー33号、特急うずしお15号、板野駅から2駅と乗り継いで、予定通り15:31板東駅に到着。いよいよ四国88ヶ所巡りの旅のはじまりである。

途中、瀬戸内海を快速列車で渡るのが物珍しく、立ちあがって写真など撮っていたが、ふと振り返ったら、車内はあらかた地元のお客さんで、みんな座ったままだったので、ちょっと恥ずかしい気分。(^_^;)

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遅くなるようなら参拝は明日からでも、と思っていたのだが、寺の納経所は朝7時から夕方5時までだというので、駅からほど近い1番霊山寺(りょうぜんじ)に向かう。

山門脇の売店兼案内所で、お遍路グッズ一式を調え、参拝の作法を確認する。白衣、菅笠、金剛杖、納め札、線香蝋燭、etc.   まずは形から入ろう。

最初に山門で一礼、手水舎で手口を清める。

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本堂では蝋燭1本線香3本を献じる。お賽銭(普通は10円かな)と納経札を納めて、(略式で)般若心経を唱える。
 
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次に大師堂でも同様に、蝋燭、線香、賽銭、心経。

 

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最後に納経所で納経帳に御朱印寺号と御影をいただき、山門で一礼して寺を辞する。納経のお代は300円で協定価格。ただし霊山寺では売店で納経帳を買った時に、予め1番札所の御朱印が記入済みであった。団体さんでは、添乗員さんが先に納経所に持ち込んでいる間に、皆さんが境内を参拝して廻っている。

あとで気がついたのだが、今までの神社仏閣巡りでの御朱印はすべて日付け書きがあったが、四国八十八ヶ所ではどこも日付を書かない。代わりに、最後に高野山奥の院への参拝時に、日付を書き入れてもらって完了するのだという。どうも、半分は寺の効率化の為ではなかろうかと思われるが、それでも、見ていると物すごい速さで御朱印が捺されて寺号が書かれていく。

もう少し時間があったので、寺の北に続く大麻比古神社にも参拝する。1キロも続く立派な参道だが、参拝客の姿は少ない。ずいぶん古い社格の神社で、社前には楠の大樹の御神木が幹を広げ、阿波の国一宮を称している。もっとも、後に述べるように、13番大日寺の道向かいにも阿波國一宮があり、帰宅後にググってみたら、阿波には一ノ宮を称する所が4社あるとの事である。夕方近かったのでご朱印をいただけなかったのがちょっと残念。

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今日の宿は、その参道の途中にある民宿観梅苑。もとは梅農家で、窓の外は何百本もの梅畑が広がっている。お土産には梅干しも。花はほとんど散っているが、季節には花と香りが楽しめる事だろう。部屋、飯、風呂はまず満足できるもの。

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あすからの歩きに備えて、早めに眠る。

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コメント

愈々好ーいスタート!

嘗て、司馬遼の「街道をゆく」の「阿波
紀行」を追っかけていた頃に、1番霊山寺
を訪ねた事があるので、懐かしく思い出し
ました。
あの時も、御遍路さんで賑っていました。

また「檮原街道」から「南伊予・西土佐
の道」の時には、卯の町の「松屋旅館」と
いうお遍路宿にも泊まり、「ひゅうが
めし」を賞味しました。

それにしても、一宮が4社も存在するのは、
珍しいですね。

投稿: yone | 2014年3月31日 (月) 14時33分

阿波の23番を廻った範囲の印象では
お寺もさることながら、古そうな神社も
それ以上に存在しています。
いずれも楠の巨樹が境内に根をはっている
のが印象的です。
古代においては、里山と山里の入り混じる
ような地勢の所が早くから開けています。

国の一ノ宮,二ノ宮の位付けは官の定めるもの
ではなくて、地元の衆意によるものですから
それぞれの言い分、もしくは言ったもの勝ち
の世界であるところが面白いです。

投稿: 埼玉の酔仙 | 2014年3月31日 (月) 20時15分

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