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2011年11月13日 (日)

山078:秋山日和には百蔵山へ

12日は町内の山の会の月例山行で、山梨百名山のひとつ百蔵山(ももくらやま)、1003米へ出かける。三年前にも登っているのだが、かなり記憶が薄れている。前日は一日中秋雨の天気だったが、天気予報どおり朝から秋晴れの天気に変わって、まずまずの秋山日和。

朝6:30のバスで出発。HW駅で金沢から参加のFさんを迎えて、20名の参加者。圏央道、中央道を経て、9:20には駐車場に到着して歩き始める。振り返ると富士山がきれいに眺められる。

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バードゴルフ場や浄水場をすぎ、山道にはいると、落葉を踏みながら比較的単調な登り道。やがてさらに急な道を越えると、緩い尾根道に出て、すぐに百蔵山の頂上。

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1時間半あまりの、まあまあ楽なコースである。登り道でよく見えた富士山は、頂上に着いたら雲の中に隠れてしまったのが残念。今日の酔仙の昼食はパンに鴨のローストとホットワインでゆっくりと。Nさんの用意した水餃子とウィンナー鍋がおいしい。

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頂上のあたりにはリンドウの花があちこちに。

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山頂の標識もかなり古びている。山の会の200回記念に、どこかの山に会の名入りの標識を立てようかと、相談中です。

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下り道も落葉を踏みながら。途中の展望台からは麓の川沿いに広がる町がきれいに眺められる。パノラマはクリックしてください。

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下り終わったところにある「和田美術館」。前回は裏門と表門を眺めただけで、謎の美術館としてあきらめたが、今回は、なんとNさんが下見のときに、館の奥さんと言葉を交わしてきた縁で、中に入れてもらうことができた。4,5棟ある展示の庫のうち、清朝の花瓶を集めた一棟を見せていただいた。照明がつけられない、ということだったが、そこは山のリュックからすぐにランプが出されて、照らしながら一つづつ見られた。背丈をはるかに越える極彩色の花瓶が10対ばかりも揃っていて圧倒される。Hさんが聞いたところでは、和田義盛の末裔のお家だとか云々。家紋は丸に三つ引き両。できれば一般公開して世にあらわしていただきたいものである。

紅葉のはじまっている庭を眺め、訪問者記帳をし、感謝して館を辞した。

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さて、お約束の温泉は、相模湖からちょっと奥に入って、藤野やまなみ温泉。

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露店風呂にゆっくりと浸かって、湯上りはビールで乾杯。帰りのバスは幸いひどい渋滞も無く、7時前に帰着。今回はNさんの活躍で、水餃子と美術館が、文句なしの◎。ありがとうございました。

11/13 追記。和田美術館の門前にあった「戒石銘」の石碑。『爾俸爾禄 民膏民脂 下民易虐 上天難欺 (なんじの俸、なんじの禄は民の膏、民の脂なり。下民は虐げ易きも上天は欺き難し。)』

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以前に読んだような記憶があるが、出典が気になって、帰宅後ネットで捜してみた。二本松市のHPの記載が詳しいようだ。いつの時代も官僚は度し難いものらしい。

http://www.city.nihonmatsu.lg.jp/history/kaiseki/kaiseki.html

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コメント

官僚もというより、為政者はというべきか。
生まれや幸運で権力を握ると愚者は勘違いするものなのでしょう。

投稿: ハヤサキン | 2011年11月14日 (月) 06時09分

愚者は勘違いする、か。
そういえば、何十億円をカジノに捨てて
きた某トイレットペーパー屋さんの御曹司は
どうなっていますかね。酔仙の勤めていた
元の会社にも、大会社の御曹司が何人か
いました。何年かは外の釜の飯を食わせて
苦労させるという工夫が要るんでしょう。

投稿: 埼玉の酔仙 | 2011年11月14日 (月) 09時27分

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