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2011年1月19日 (水)

路183:ランチより承ります(?

HW駅前を通りかかったら、日本海庄屋の窓に貼り紙が。『カラオケ無料。8名×2部屋あります。ランチより承ります。』

20110119001

多分、ランチ以上の注文をすれば、カラオケが無料で使える部屋があります、と言いたかったのだろう。言葉は多数決で決まる、とはいうものの、客商売の場合は、保守的なオジサンの神経をざらつかせる言葉使いは避けて欲しいものだ。例えば、「いらっしゃいませ、コンニチワ」「一万円カラお預かりします」「以上でご注文よろしかったでしょうか」・・・etc.

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コメント

その気持ち、よく分かりますよ。

投稿: yone | 2011年1月22日 (土) 00時48分

日本語の省略の多さは例の「ウナギ文」で象徴されますが、接客応接の言葉使いにおいては、相手の言葉をまったく期待しないというレベルまでに省略(これを省略というのもどうかと思いますが)が進んでいます。自動販売機や駅の自動券売機・検札機はヒューマンなあいさつをいたしません。つまり、何らかの利得のやりとりに関して、言葉を適切に交換する機会がうばわれてから久しいのです。しかし自動販売機ではなく、生きた人間を配置している店では、無言の接客をするのは少し気がひけますから、無理やりしゃべらせています。しかも、はなから自己完結型のコミュニケーションとしておこなわれています。
店員「いらっしゃいませ」
客「こんにちわ」
というやりとりの挨拶をくっつけているのは、こういう場合、黙ってぬーっと店に入って来た得体の知れぬ人物に、店員側としては、気持ちが悪くても、急いでシチュエイションを設定する必要があります。
ところで私は何を言おうとしていましたっけ?
そうそう、「一万円から----」「ご注文は---よろしかったでしょうか」は実は私の好きなセリフでもあるんですね。これ、言われるとどうしても違和感があって、何を相手が言っているのか、一瞬理解が滞りますよね。そう時間がとまるというか、逆もどりするような。年をとると、こういうの得したみたいな感じで----。

投稿: まだ62歳の米田さん | 2011年1月22日 (土) 09時41分

>その気持ち、よく分かりますよ。
共感、ありがとうございます。

>言葉を適切に交換する機会がうばわれて・・・
そういえば、スーパーマーケットがすっかり普及して、昔のような「らっしゃい、今日は鯵がおいしいよ」もなくなって久しいです。逆に、新幹線の車内販売のオネエサンが、何も売れなかったのに、車両の扉口で丁寧にお辞儀をしてアリガトウゴザイマシタ、というのも、やはり違和感があります。

>年をとると、こういうの得したみたいな感じで----。
??・・・ちょっと複雑ですが、「近頃の若い者は言葉使いもわかっていない。わしらは年の功で、ちゃんとした物言いができるのだよ。ウホホ。」というような優越感なんでしょうか・・・??

投稿: 埼玉の酔仙 | 2011年1月23日 (日) 00時13分

年をとると得したみたいで-----というのは、人生の終わりの時間が引き伸ばされるみたいで----という意味です。そう、こういうことですら、人生の時間をさかのぼっているような感じなのです。
話は飛びますが、芸術作品の鑑賞というものにすごく似ています。あの感動というのは、間違いなくくるであろう最後の時間が猶予されるのです。止まるのです。


投稿: まだ62歳の米田さん | 2011年1月23日 (日) 17時06分

かなり読み違えてました。(ーー;)
>人生の終わりの時間が引き伸ばされる・・・
なるほど、わかります。
「時よ止まれ、お前は美しい」
Werde ich zum Augenblicke sagen:Verweile doch, du bist so schoen ! "
は、ファウストでしたね。残り時間が少なくなってから、やっと、
生きていることのいとおしさに気付くのですね。

投稿: 埼玉の酔仙 | 2011年1月23日 (日) 18時23分

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