« 路172:かわいい機関車が | トップページ | 遊112:筒井康隆作家生活50周年記念~現代語裏辞典ライブをお台場で堪能した »

2010年11月22日 (月)

政018:軍隊は暴力装置であるが、それがなにか?

弱り目の民主党政権の足を引っ張るべく、自民党のセコイ揚足取り攻撃が続いている。柳田法相の辞任劇はさておき、仙石発言については、発言自体が正論であり、謝罪の必要は毛頭ない、と酔仙は考える。今日の朝日新聞への投書子に全面的に賛同する。

20101122

”思いやり予算”が、正しくは『米軍支援後方軍事予算』であるのと同様に、”自衛隊”は、正しくは『軍隊』であり、(現在の日本が独自もしくは傀儡の軍隊を持つべきか否かはさておき)、軍隊とは国家権力の暴力装置であることは自明の理である。

|

« 路172:かわいい機関車が | トップページ | 遊112:筒井康隆作家生活50周年記念~現代語裏辞典ライブをお台場で堪能した »

コメント

酔仙さんのおっしゃるとおりです。また朝日新聞への投稿者に私も賛成します。
要するに国家とは1つ階級が暴力装置を持って他の階級を制圧していることに他ならない。

投稿: お茶の水博士 | 2010年11月22日 (月) 20時27分

おっしゃることには、異存はありません。
ただ、政争の具にすることは、古今東西、
政治の世界では一般的なことかも知れ
ません。
我が国の政治が、どんなレヴェルにある
のかは知りませんが。
問題は、自衛隊の隊員や国民がどの様に
思っているかですね。
自衛隊は、反政府行動を規制すること
には無縁に近かった様に思います。
暴力装置と呼ばれることに、「失礼」
と感じるのかどうか。

投稿: yone | 2010年11月23日 (火) 20時14分

>自衛隊の隊員や国民がどの様に思っているか

それは個々人の主観であって、物事の本質とは
別物です。一人々々は平和的な軍人も国民も、
一朝事あれば軍国日本に邁進したのです。

>反政府行動を規制すること

コレこそが、軍隊の役割の1/2でしょう。
軍隊とは、一に対外的、二に対内的な
暴力装置であり、不可分のものなのです。
たまたま自衛隊は、とりあえず日本国民に
対して発砲する機会がなかったのですが、
軍隊とはその存在自体が人民に対する
抑圧の機能をもっているのです。
戦後日本の歴史の中で自衛隊(軍隊)が
どのように使われてきたのか、今一度
見直して欲しいと思います。

投稿: 埼玉の酔仙 | 2010年11月24日 (水) 04時17分

今、自衛隊は憲法9条の下で他国の軍隊と違っておおっぴらに戦争ができないが、強大は破壊力と殺傷能力を持った最新兵器を持っている。ただの1小隊、1兵でも数千数万の市民を殺傷できる能力を遊休している。
この能力が独裁者と結びついたとき、我々市民は対抗できない。たとえ暴力団といえども
せいぜい刺青を見せて虚勢を張るだけでだろう。
軍は常に権力に結びつきやすい体質を持っている。そしてその権力は暴力装置を持って国民を抑圧しているに他ならない。
古くは秀吉やった「刀狩り」がいい例だ!

投稿: お茶の水博士 | 2010年11月27日 (土) 20時44分

「兵は不祥の器にして、君子の器に非ず。(老子)」とは
古来よりの真理です。しかしながら、今読んでいる、
「銃・病原菌・鉄」によっても、兵を持たない或いは
兵が弱かった集団は例外なく滅ぼされています。
支配者階級の軍隊に対抗して作られたはずの労働者階級の
ための軍隊も、間をおかずに不祥の器に変質しています。
人類の業というのか、根本的な解決策には思い至りません。

投稿: 埼玉の酔仙 | 2010年11月28日 (日) 12時04分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 政018:軍隊は暴力装置であるが、それがなにか?:

« 路172:かわいい機関車が | トップページ | 遊112:筒井康隆作家生活50周年記念~現代語裏辞典ライブをお台場で堪能した »