巡007:秩父日帰り巡礼、第32番般若山法性寺
昨9日(土)は一ヶ月ぶりに秩父路を歩いた。快晴ほぼ無風、巡礼日和である。秩父駅から西武バスで、松井田の停留所で下車。里山のあいだの4Kばかりの道のりを、石仏や神社に寄り道しながらのんびり歩く。
正月過ぎだからか、札所巡りの人もほとんど見かけない。途中の在所の人影も少ない。今日の目的地、32番般若山法性寺(お船観音)の山門に到着。門をくぐり石段をあがると境内の奥に半懸崖の観音堂を見上げる。山あいなので、年末の大晦日に降った薄雪が融けずに残っている、という。
観音堂は割合新しいお堂で、中もきれいに掃除されている。お堂の額に、「補陀巌」とあり、背後には岩山の崖が迫り、そのえぐれた半岩窟のなかにまた石碑や祠が祀られている。ここもやはり磐座信仰の名残が濃厚である。
ちょうど斜め格子越しに陽がさしこんで、外陣を照らしている。
ここから大日峠を越えて小鹿野の町に出る予定だったが、寺の奥さんに聞くと、それよりも奥の院のお船観音と大日如来まで往復一時間ほどだから、と勧められた。境内から仰ぎ見るとちょうど、尾根上に突き出した岩の上にぽつんと像が見える。
急な坂道を半時間ほど登りつめると、尾根近くの岩棚の下に石仏が並んでいる。
右40Mでお船観音、左30Mで大日如来の案内板。まず、お舟観音へ。巨大な岩塊の背中状の尾根の端に建てられている。柵の向こうは数十メートルの絶壁である。山々の向こうに武甲山を眺めながらお昼のお弁当。
大日如来は、岩のへりを恐々に巻いて上がりきったところに座していた。畳一枚ほどはずれれば転げ落ちそう。
さて、山門まで戻ってきて見ると、ここは町営のバスの始発の停留所である。通りがかりの人も、「小鹿野へ行っても何も見るものはないですよ」というので、マイクロバスを待って松井田まで戻り、西武のバスに乗り継いで秩父の駅前に帰り着く。秩父神社にお参りして御朱印をいただく。
本町通をぶらつき、御旅所まで足をのばす。夜祭の時の賑わいにくらべるとちょっと寂しい。冬の日の暮れる頃、御花畑の駅から帰途につく。
結願まであと2番か。
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コメント
秩父といえば勿論秩父事件です。
現在で云う臨時革命政府を秩父に立ち上げて
明治政府を震撼させた民衆のエネルギーとパワーはとても凄かったです。
あの土地に脈々と流れている民衆の魂はとても素晴らしいです。
投稿: お茶の水博士 | 2010年1月11日 (月) 07時05分
秩父盆地は古くから開けており、関東平野とは地勢も歴史も異なる独立地域なのですが、なぜか「秩父の国」とはならず、武蔵野国の一部となっているのが不思議です。
歩いて札所巡りをしていると、神社・祠・石仏・石碑がとても多いのに驚きます。
投稿: 埼玉の酔仙 | 2010年1月11日 (月) 09時39分
最近秩父に、多少は土地勘が出来たので、親しみが湧いてきました。なかなかいい寺ですね。大悲山峰定寺のような感じですか。小鹿野は何もないと言えば、それまでですが、奥の院の方が良かったのかもしれませんね。岩登りは、見るからにスリリングそうです。
投稿: yone | 2010年1月11日 (月) 13時19分
昔、大悲山峰定寺に泊まったことがありますが、あれよりももう少しこじんまりした境内です。
それにしても、山あいの路を遡って、岩山を背にした懸崖作りのお堂、岩場を巡る行場、日本の山寺はとてもよく似たところが多いです。磐座信仰、山岳信仰と修験道というのは、正史の裏側で根強く共通の文化を維持していたようです。
投稿: 埼玉の酔仙 | 2010年1月11日 (月) 13時42分