« 路148:踏切のそばに石碑が | トップページ | 山036:安達太良山の空には百万のトンボ »

2009年7月21日 (火)

山035:久しぶりの尾瀬歩き、はじめてのアヤメ平は山上の別天地だった。

恒例の H稜会第22回尾瀬ハイキングに久しぶりの参加。海の日の三連休、18日夜の東武尾瀬夜行で合流して、沼山峠の登山口へ。今日は一日不安定な空模様で、雨具に身を固めて歩き始める。

2009071922004

歩き始めてまもなく空が晴れてきた。大江湿原に出ると、満開のニッコウキスゲのじゅうたんが広がる。

2009071922035

長蔵小屋の前でコンビニおむすびの朝食。尾瀬沼をぐるりと半周して沼尻休憩所についたら、またいっぷく。

2009071922053_2 

白砂湿原の池塘には森と白い雲の影、ミツバカシワの葉。

2009071922065

白砂乗越から段小屋坂へ。ダンゴヤ沢を過ぎると明るい緑のブナ林が続く。最後にまた一雨ザッと降られて、見晴十字路の今日の宿、弥四郎小屋に到着、12時半。他の山仲間ともここで合流、総勢24名に。オムスビで昼食の後、大部屋に移ってのんびりくつろぐ。お風呂の窓から眺める、小雨に煙るニッコウキスゲの尾瀬ヶ原も贅沢である。

2009071922073

今日の小屋の夕食は、ハンバーグ。ゴボウ天、コゴミの胡麻和え、杏仁豆腐などもついて、けっこうだった。今までは外の自炊場でワイワイ楽しみながらの鍋料理などで、それなりに楽しかったのだが、まあ、時代の流れだろう。今まで無理をいって自炊させていただいた弥四郎小屋さん、ありがとうございました。

2009071922092

暗くなる頃、蛍狩りに出かける。酔仙は数百メートル先の六兵衛堀の橋まで足をのばす。草の間で明滅するのやら、飛びながら明るく光るのやら、久しぶりの蛍火を見られた。

さて、一夜明けて、二日目。朝霧が晴れると好天となった。Kさん、Iさんの2人は裏燧林道コースで御池に向う。残りは竜宮、山ノ鼻経由で鳩待峠へ。

2009072022022

酔仙はMさんと2人でアヤメ平経由で鳩待峠へ向う予定だったが、「私も々々」と同行が増えて、10人がアヤメ平へ行くことになった。アヤメ平は登山者に湿原が荒らされたため長らく立ち入り禁止になっていたが、しばらく前にやっと解除になったので、酔仙もはじめてのコースである。竜宮小屋の先の四辻で分かれて長沢新道に入ると登山客は急に少なくなる。道は沢沿いから尾根道への急な登り坂となる。小刻みに休憩しながら、1時間ばかりでやっと緩やかな木道となり、林が途切れると、きれいな池塘が目の前に現れる。その向こうに燧岳の頂上が間近く迫る。汗をかいた甲斐があった。

2009072022046_2 

池塘のそばの富士見小屋には林道から自動車も入っていて、ま新しいトイレもある。ハクサンチドリの群落の花色が鮮やかだった。ここから小さな田代や、下界を見下ろす稜線の道をたどって、アヤメ平に到着。ここは山上の湿原である。燧岳、至仏山、会津駒ケ岳、平ケ岳などをぐるりと見回すことができる。あちこちに「復元作業中」の区画が見られる。かなり植生が戻ってはいるが、10年以上をかけてもまだ完全には元通りではないようだ。自然を壊すのはあっというまだが、復元するには膨大な手間と時間がかかるものだと実感した。

↓クリックしてアヤメ平のパノラマ写真をどうぞ。

「2009072022073074.JPG」をダウンロード

2009072022073074_2

このあたり、標高が1968Mと高いので、ワタスゲ、チングルマ、リンドウなどがまだまだ見頃である。アヤメ平から道は山稜の田代や池塘をたどりながら緩やかな下りとなり、やがて鳩待峠への下山コースとなる。運動不足でなまった足は、最後の下りでふくらはぎがパンパン。

2009072022083

12時に合流の予定が、やっと、12時半に峠に到着。カンビールの祝杯で、無事今年の尾瀬ハイキングを終えた。三連休の最終日とあって、峠は帰りの登山客でいっぱい。

2009072022093

新幹線で帰る者は乗合タクシー2台で上毛高原駅へ。下りの山道でちょっと車酔いしたかな。駅の立ち食いソバで遅い昼食。今回は温泉や二次会は無し。珍しく、明るいうちに帰宅できた。いつもながらDさんのお世話に感謝します。来年もまた元気にごいっしょしたいですね。

さて、付録には、山の花のアップ写真を。まず、ニッコウキスゲとノアザミ。

2009071922014 2009071922024

長蔵小屋の前のオトメユリと、富士見小屋の前のハクサンチドリ。

2009071922045 2009072022059

爪先ほどの小さなかわいいリンドウ。酔仙はいまだに、ハルリンドウ、タテヤマリンドウ、フデリンドウ、エゾリンドウ、ミヤマリンドウなどの区別がわからない。(^_^;)

腐生植物のギンリョウソウは比較的珍しい。木の下陰に白く佇む姿はなぜか妖しげである。

2009072022070 2009072022089

来年もまたみんなと元気に尾瀬を歩きたいものだ。

|

« 路148:踏切のそばに石碑が | トップページ | 山036:安達太良山の空には百万のトンボ »

コメント

今日、体調不良(足の状態が良くない)のため、仕事を休み、在宅。私には、山歩きなど到底考えられませんので、酔仙師がうらやましい。
かつて雲や雨や樹や草や少年だつた 水はるばると卓上に澄む
という短歌を発表したところ、
われを成す水のかつてを求めつつ午睡の中に繰る雲図鑑
という短歌を作った歌人がありました。多分、私の歌からの影響があると思われるのですが、非常にうまいので感服しました。ただ、少し加工しすぎて、狭くなっているように感じました。
酔仙師の文章について、私は、もう少し加工されてもよいなあ、と思うことがありますが、しかし、目に見えたものをそれ以上でもそれ以下でもなく書くことは、書き手の厳しい節度かもしれません。一般に、創作の世界では、美しいバラを見たときに美しいと書くだけではだめで、このバラがどうして私をこれほどまでに惹きつけるのか、というあたりが書かれないといけません(懐疑)。それはそうなのですが、先の私の短歌は、できるかぎり、作者からの意味の押し付けを排除したものですが、どうなのでしょうか。酔仙師については、初期から写真に、文章よりもその濃度が感じられます。そのことに私は興味をもっております。写真には本来圧縮という作用があるのでしょうか。オトメユリと野アザミは比較的長い時間をかけて私は眺めました。

投稿: 米田 収 | 2009年7月22日 (水) 09時07分

かきこみありがとうございます。
昔カメラ青年、今デジカメおやじとしましては、うれしい感想です。昔から「写真は引き算」といわれます。素人は被写体を見ながらついあれもこれもと撮りこんでしまいたくなるのですが、それでは、自分が何に感動して何を訴えたいのかが希薄になってしまいます。例えば、観光旅行の集合写真では一人の撮り漏れもあってはいけないのですが、その中にひとり片思いの人が混じっていれば、そっとアップで一瞬の表情を撮りとめておきたい、そんな違いです。
さて今やデジカメ全盛。枚数は撮り放題、トリミング、補正は自由自在となったのですが、かえって、「この一枚」への思い入れ、執念が薄れてしまったと、反省している今日この頃です。

投稿: 埼玉の酔仙 | 2009年7月22日 (水) 12時27分

緑一杯の尾瀬、ニッコウキスゲが咲き誇り一面黄色で染まった尾瀬は相変わらずきれいでしたね。さすがデジカメ親爺です。アングルがいいですね。写真の腕は年を取っても劣れはありません。尾瀬の散策の楽しさが充分感じ取れる紀行文です。
とは言うものの、酔仙さんの口から。ふくらはぎが痛いだの、車に酔ったなんて聞くとは思いませんでした。年なんですね。
お酒も今までように飲まれませんでしたね。
カムバック、青春、
来年も尾瀬でホタルを見ましょう。!

投稿: 川崎の酒仙 | 2009年7月22日 (水) 21時29分

いつも酔仙が言うように、たくさんある所謂スポーツの中で、山登り山歩きだけが、勝負けや競争の無いスポーツです。年齢に応じ、体力に応じて、安全第一に楽しみましょう。
トムラウシ岳の大量遭難の原因解明はどうなるのでしょうか。八甲田山死の彷徨も、1989年の立山の大量遭難も、自然を侮るところから悲劇が始まります。いつも謙虚に、山と自然に遊ばせてもらっている心を忘れないようにしましょう。H稜会のモットーは、「引き返す勇気を持とう」です。(^_^)V

投稿: 埼玉の酔仙 | 2009年7月23日 (木) 20時29分

尾瀬から帰宅してから、このブログをアップして、それから顔写真集のファイルを「宅ファイル便」で個別に送信し、更にペーパー版の山行報告を参加者の皆さんに郵送しました。
一段落したら、明朝はもう町内の山の会の日帰り安達太良山行。今からリュックに用意を詰めなければ・・・・。

投稿: 埼玉の酔仙 | 2009年7月25日 (土) 22時25分

ここにコメントを書くのはほんとうに久しぶりです。以前は真面目な?読者だったはずなのですが・・・しばらくぶりにお邪魔しました。


写真ありがとうございました。Mさんの「尾瀬はこれが最後」という言葉を聞いて、I氏たちと「この会であと何回尾瀬に来れるだろう?」と話しをしました。ハードな山登りは別として、尾瀬くらいはあと10年続いてほしいな、と個人的には思っています。Mさんがここのコメントに「来年も尾瀬でホタルを」と書いているのを見てちょっとホッとはしてますが、やはり皆さんとこうして自然の中で顔を合わせて、歩き、喋り、食べ、飲むということは僕にとってかけがえのない「癒し」になっています。


話は変わりますが、ここへ久々にお邪魔して栗本薫(中島梓)さんが亡くなっていたことを知りました。中学生の頃、彼女が「ぼくらの時代」で江戸川乱歩賞を受賞したのをTVで見て、さっそく本屋で買って読みました。僕はそれなりに面白いと思ったのですが、本好きの友人に貸したところ、翌日「つまんない」と返されたことを思い出しました(笑)

投稿: vagabond-k | 2009年7月31日 (金) 21時45分

久しぶりの尾瀬でしたが、昔ほどバカ騒ぎはしなくなりましたね。小屋の前で騒いで、テント場で騒いで怒られていたのは、あ、あれは酔仙か。(~_~;)・・・・・まあ、みんな大人になった、ということで、これからまだまだ尾瀬をじっくりと楽しみましょう。川崎の酒仙さんもよろしく。
ハンコの催促を受けて思い出しました。「誘」の一字に、背景は「酒と女」それとも「菊水文」?受注リストに再登録しましたので、もうしばらくお待ちください。

投稿: 埼玉の酔仙 | 2009年7月31日 (金) 22時25分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 山035:久しぶりの尾瀬歩き、はじめてのアヤメ平は山上の別天地だった。:

« 路148:踏切のそばに石碑が | トップページ | 山036:安達太良山の空には百万のトンボ »