« 本030:ごひいきの長編小説も年越しへ | トップページ | 路104:二階建てバスを八重洲の交差点で見た »

2007年12月24日 (月)

路103:旧長浜駅舎

また帰省したので、帰り道、旧長浜駅舎に一時間ばかり立ち寄る。現存最古の鉄道駅舎。かってはここから港の太湖汽船へと往来が賑わっていたのだが、その港も埋め立てられて、今は車が走っている。向かいの慶雲館は、盆梅展の準備なのか門が閉まっていた。

20071223_002

ここも、酔仙の小学校時代は写生大会の定番の場所だった。戦後の物のないころだったが、ここは国鉄の弘済会の売店になっていて、知り合いの駅員さんの家族についていくと欲しいものがいっぱい買えた。昔の国鉄さんはリッチで誇り高い職場だったのだ。

20071223_007

待合室に入ると、ぼろい人形がちょっと気味悪い。はて、中はもっと広かったような気がするのだが、やはり子供の頃の記憶はまわりがみんな大きく憶えているものだろう。

20071223_008

こんなホーローの看板や時計もありふれたものだったが、いつのまにか見かけなくなった。

20071223_012

隣の新しい棟には、D51蒸気機関車とED701電気機関車とが保存されている。

20071223_023

駅舎の前庭には、廃線となったトンネルの石額が集められている。当時の鉄道建設は、国家の一大事業であったから、「○○隧道」といった名前ではなく、著名人が思い々々の揮毫をしたのだろう。これは後藤新平の「大亨貞」。易経の語で、大いに亨り貞し(きに利ろし)〔おおいにとおりただしきによろし〕と読むらしい。他にも伊藤博文、黒田清隆などが題している。

湖北時雨の合間の陽射しの中を帰途についた。

|

« 本030:ごひいきの長編小説も年越しへ | トップページ | 路104:二階建てバスを八重洲の交差点で見た »

コメント

140年前の明治維新が思い出される歴史がある長浜の町に興味が湧きました。
実は12/22(土)に神戸六甲山へ登った
翌日に比良山系蓬莱山をやろうと計画しました。その途中で長浜に立ち寄ろうと思いましたが、生憎朝から雨の悪天候だったので、六甲山だけで帰ってきました。
長浜は次の機会にいたします。

投稿: お茶の水博士 | 2007年12月25日 (火) 02時49分

関東平野の冬は空っ風ですが、湖北では湖北時雨の季節で、冷たい小雨が降ったりやんだり、時々陽が射したり、といった天気が続きます。伊吹山にはもう二度雪が降りました。三度めに山が白くなると、麓の町も雪の季節になります。

投稿: 埼玉の酔仙 | 2007年12月25日 (火) 20時55分

長浜への再度の往復ご苦労様です。このブログを楽しく読ませてもらっています。酔仙のオリジナリティについては学生時代から感心しています。還暦過ぎてもお互い若さを維持していきましょう。

投稿: 暇人 | 2007年12月25日 (火) 22時11分

たびたびの帰省大変ですね。父上の具合は如何ですか。
長浜には良いところが多いのですね。琵琶湖しかないと思っていました。10年ほど前に一泊したことが有ります。歩き回ったのですが何処を歩いたのでしょうかね。記憶がありません。

投稿: 川崎の酒仙 | 2007年12月26日 (水) 21時04分

どこを歩いたか10年前の記憶がない、それはひょっとしてアル・・・・・・って、アルツハイマーとか、アル中とかなのでは?
ウチのオヤジ殿は既に入院5ヶ月、意識はあるようだけれども、半分はどこか別の世界をさまよっているようです。

投稿: 埼玉の酔仙 | 2007年12月26日 (水) 23時11分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 路103:旧長浜駅舎:

« 本030:ごひいきの長編小説も年越しへ | トップページ | 路104:二階建てバスを八重洲の交差点で見た »