路154:秋のパンパスグラス
秋風にパンパスグラスが白い大きな穂を揺らせている。ススキの尾花も風情があるが、外来物の豪快な穂もいい。
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今日の日曜日、まず佐野ラーメンを食ってから、次は野木のホフマン窯を見にいこう、という予定だったが、途中、佐野の街なかですごい洋館建築に、それもいきなり2軒も、ぶち当たってしまった。
思わず、車を停めて、カメラを構えた。「日本基督教團 佐野教會」、登録有形文化財第09-0063号(文化庁)」の銘板。
ペンキのほどよくはがれた下見板が、なんともいえない風味をかもしている。
感心しながら、振り向いたら、すぐ近くにもう1軒、やはり味わいのある下見板張りの洋館建築が。
現役の「影澤外科院」、かなり風化した木彫の柱頭飾りにもていねいにピンク色のペンキが塗られ、増築の部分も同色に塗られて、違和感がない。正面の”KS”のイニシャルのマークも、お医者さんのシンボル、「アスクレピオスの杖」に似通っていて興味深い。
佐野はラーメンと厄除け大師だけじゃない。佐野の深さを感じた発見の日だった。
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近所のN公園の近くの桜の樹が、葉っぱを虫に食われたためか、そういう種類なのか、季節外れに花をつける。小さな花である。
葛西用水路沿いのコスモスロード(秋桜路)は、種まきが遅かったせいか、まだ3、4分の咲き。来月はじめが見頃だろうか。
”コスモスも 秋の桜も 私に咲いて” 酔仙 そばの白い花も、すっきりとしていていい。
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近所の中学校へ行く途中の、道の脇に立っている。Softbankのケータイの中継局らしい。
震災などの緊急時にはメールで安否を確認して云々、というが、無理でしょうよ。電気が停まればすべての情報は途絶するしかない。震災の被害を「減らす」、唯一現実的な近道は、過密化した首都圏の人間を分散することなのだが。東京五輪誘致で二匹目のドジョウを、などというアホな知事がいるんじゃねえ。
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ご近所、というか団地の四方を田圃で囲まれているのだが、を自転車で走ると、稲刈りがもうだいぶ進んでいる。稲刈り機のそばで、お百姓さんがちょっと一服中。今夏の天候不順で心配したが、なんとか収穫にこぎつけられたようだ。酔仙も先日、白岡で新米を2袋買い求めてきた。
今日は好天に風が涼しいので、半日畑仕事。サツマイモのあとを掘り起こして、猫の額にすこしづつ、ブロッコリーの苗を植え、大根とチンゲン菜の種を蒔く。
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JR宇都宮線を越えて鷲宮町へ行く踏切からちょっと離れたところを通りかかったら、線路際にかなり大きな石碑があった。「石塚敏雄之碑」とある。
気にかかったので、裏面を読んでみると、「昭和7年に自動車の踏切事故で敏雄・榮治の2人が惨死、その後事故が相次ぐのでこの碑を建てた、昭和10年権現堂川村石塚祥云々」とある。やはり、地縛霊の除霊のためなんだろうな。でも、「運転手 榮治」は碑の表では触れられていないし、昭和初期に(多分)自家用車をもっていたというのはどういう家だったのだろうか、などと余分なことも考えてしまった。
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山の会のNさんから「内陸砂丘」というのを聞いた。ここは、さいたま栗橋線沿いの一角、北側に老人ホームができ、道路側もコンクリートの擁壁で囲われたため、出入りできるのはここ一ヶ所になっている。
「西大輪河畔砂丘」というのが正式の名称。大昔の利根川の自然堤防上にさらに砂が吹き寄せられてできたのだという。周りより3メートルほどは高い丘状になっており、雑木林におおわれているが、足元はサクサクの砂地である。
小道の奥に、「浅間大神」の石碑。裏面には、「明治???丙?年6月再建」の銘がある。明治9丙子年か、明治39丙午年かであろう。
すぐ裏はもう老人ホームの敷地。せめて、この一角だけでも残しておいてほしいものだ。
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先日、春日部に出かけたついでに見かけた、飲み屋さんの面白い入り口。アンコールワットかなんかをイメージしたんだろうかなあ。
隣には、沖縄風の赤瓦の門のうしろにビールのジョッキを掲げた自由の女神。ウ~ン、なんだかなあ。
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用事があって自転車で街の外のたんぼの中の道を走っていたら、石仏を見かけた。文化4年(1807年)銘の如意輪観音像。
十九夜講(女人講)により建立されたものとの説明板。建立者名も説明板も同じ小野さん、代々大切に守られてきたものだろう。お顔はちょっとオバサン風だった。
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用事で隣町までちょっと自転車ででかけたついでに、道端でアーティチョーク(朝鮮薊)をみかけた。 『日本では気候が適さず、三浦半島などで少量作られている程度である』というのだが、ビニールで雨避けをして、立派な株立ちに育っている。
活け花にして飾るか、
それとも、蕾をゆでて味わうか(^_^;)
それにしても、梅雨の晴間の蒸暑い真夏日だった。さて、中央公民館の裏に、古い塚のようなのがチラと見えたので立ち寄ってみる。よく見かける、洪水予防の水塚のうえに、神社の祠があった。広場には、御陣山児童遊園、とあるが、神社の名前は見当たらない。しかし、いちょうやその他の巨樹が3,4本うっそうと頭上を覆って苔むしていた。
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失礼しました、行雲流水氏のブログはお引越しをしていました。梅雨時なので、アジサイのきれいな写真がアップされている。酔仙も負けずに、と思ったが、ウチの庭にはあまりきれいな花も咲いていない。こういう時はご近所をぶらぶらしながら、良さそうな花を見つけたら1枚。他人のふんどしで相撲を取る、ともいう。
梅雨時でちょうどアジサイがあちこちで見頃だが、ラベンダーの花もいい。お隣の菖蒲町のラベンダー苑もそろそろ見頃だろうか。
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もうすぐ梅雨時。ガレージわきのどくだみの白い花も元気づいてきた。名前が悪いのと、臭いのとで好まれないが、よく見ればかわいい花である。刈り取って干せば十薬といってりっぱな漢方薬になる、十薬茶にもなる。
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通勤途上の上野駅、のぼりのエスカレータのベルトがきれいになったな、と思ったら、「抗菌」の文字が。まあ、駅のエスカレータは人の手垢がべっとりとなりやすいのだけれど、かといって、「抗菌」ならそれでいいのか?手間ひまかけても雑巾でしっかり拭いて欲しいのだが。
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三泊四日での帰省。両親の一周忌を済ませて、やっと、一区切りついたが、さすがに酔仙も少し疲れた。帰りの新幹線、名古屋駅の乗り換えフォームでいつものきしめんを食べる。
隣に、壮年のお坊さんが並んで立ち、やはりきしめんを注文して食べている。食べ終わって、「おいしいのをありがとう」と元気に声をかけて出て行った。酔仙も少し元気を出して、「ごちそうさま」と言って店を出た。
めん食うて 駅頭を発つ 僧ひとり
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八重洲さくら通りに新しくタイヤキのお店ができた。あんがたっぷりなので、いつも客が行列して待っている繁盛振りである。酔仙も、辛党ではあるが、まんじゅうこわい、というわけでもないので、会社の帰りに並んで買ってみた。
うむ、なかなかうまい。なぜか衣が分厚くはみだしているところが、お得感。
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喫煙者への圧制もついにここまできたようだ。つぎは飲酒者への迫害か?Smoker と Drinker は連帯してファッショに抵抗しなければならないのだ。
(-_-メ)
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今日はお彼岸の中日でお休み。朝のうち雨模様だったが、すぐに青空、春の風。めまぐるしい季節である。。ご近所の白木蓮の花がいっせいに咲きひろがった。
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一昨日の日曜日は、ぶらりと市内をフォト散歩。K川の堤には菜の花の黄色。さっそく摘んで帰って、ことし2度目の春のおひたしに。
星を思わせるオオイヌノフグリの青い花もかわいい。
一升瓶の列は、酒屋さんではなく、おそば屋さん。
塀越しに満開の花は早咲きの桜かな。お花見の季節はすぐそこまで来ている。
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日曜菜園への途中、通りかかった香取神社のイチョウの樹が伐採されていた。雌雄対の立派なイチョウの樹で、酔仙も毎年秋にはギンナンをいただいている。聞けば、神社のお守りも年寄りが多くなってきたので、町内のものでも枝打ちのできるように切り詰めた、とのこと。残された株は数分の一、地際数メートル程度だが、まあ十年もたてばそれなりにまた枝が茂ってくるのを待とう。
もとの高さは2,30m.はあっただろうから、伐採作業はクレーン車での大仕事である。隣あわせの杉の樹も伐られていたが、年輪を数えると110以上、120ぐらいはあった。話を聞いたおじさんによると、「杉の樹は神木だから残しておいて神社か寺の材に使うが、イチョウはどうってことはないから。今ではまな板につかうこともないし。」ということだった。
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最近、八重洲北口のビルの谷間に風力発電の風車が設置された。ちいさな風車と太陽電池がセットで、5台並んでゴレンジャー?
一方、酔仙の団地とHW駅との中間にあるY医院でも、真新しい風力発電の風車ができあがった。先生の趣味か、病院の宣伝か。ねじりのはいった青色の羽が斬新なデザインである。
それにしても最近は、何かといえば”エコ”流行り。あまりにも上っ面に流れてしまっている。本当に地球環境を守りたいのなら、世界人口を減らすのが唯一究極の方法だと酔仙は思うのだが。
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都心は冬もなかなか寒くはならない。黄葉も埼玉から半月以上の遅れで、エンジュの並木もまだ緑々している。昼休みに会社の近所を少しぶらつく。
鉄鋼ビルの通り向かいに最近できたスパゲッティのお店、PASTA-YA。持ち帰りもできるので、外メシの女の子で繁盛している。先日まではコーヒーのチェーン店だった。その前はサラ金のATMコーナーだったはずだ。
八重洲地下街の喫茶店の平野屋。老舗だけに表のステンドグラスがおしゃれである。
さて、午後もお仕事々々。
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昼休みに永代通りをぶらっと歩いていたら、工事現場にこんな標識。
その下に、こんな「火災とまぎらわしい煙又は火災を発するおそれのある行為の届出書」が麗々しく貼ってある。街なかでは、なかなか煙ひとつ勝手にできないものだ。落ち葉で焼き芋、なんてのは無理だろうなあ。
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酔仙の団地の真ん中を通る道路のイチョウ並木は盛りを過ぎて、落ち葉の季節。最後に公園の前のバス停あたりの何本かが名残の黄葉を見せている。
今日の雨で、この黄葉も散って、これからは関東平野の空っ風の季節です。
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通りかかった美容室の前でふと見上げたら、時代物のりっぱな看板に目を惹きつけられた。敗戦後のGIが闊歩していた時代に遡るのだろうか。でも、少しよごれはあるものの、彩色もきれいな現役の看板である。
少し離れた、別の理髪店の前には、子供ほどの大きさのヌイグルミが2匹でテーブルを挟んで座っていた。右側はアライグマ、左は?意表を衝いたシャレッ気である。さいたま市をダサイタマなどと侮ってはいけない。
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葛西用水路沿いのコスモスロードも、そろそろ盛りを過ぎかけているので、写真を撮りに立ち寄った。用水路がJRと交差するあたり、花の背後を貨物列車が通り過ぎてゆく。
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銀座日本橋角の柳屋ビル。かなり前からテナントが減っていっている。表の看板もさびしい。
地下は、ほとんどシャッター商店街状態。
角地の一等地なのだが、建て替えるにしては、もうずいぶん長くこの状態のままである。よそごとながら気になる。
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東京駅の八重洲北口改札から日本橋口へ抜けるコース、ながらく工事中だったが、一部が、おみやげプラザとして新装開店した。
テナントの数だけ並んだ開店祝いのお花がいっぱい。今度から、帰省のときのオミヤゲ探しはこちらでどうぞ。
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会社の昼休みや通勤途中で、とりとめもなく、路上に見かけたものを撮ってゆく。
日本橋近くの川べりにもカモメがやってくる。でも、アップでよく見るとけっこう怖い顔をしている。
道を挟んで、上が三井本館の柱頭のアカンサス装飾。下は日銀旧舘のアカンサス。驚くほどよく似ている。
東京駅八重洲口前の植え込みに、子供の背丈ばかりに伸びた大きな葉っぱ。これは桐の木だなあ。どこかから種が飛んできたのだろうか。このまま伸びて花を咲かせ鳳凰が飛んできたら、瑞祥なのだろうが。
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梅雨が明けて、八重洲の表通りのエンジュの並木も花の季節になった。淡緑色の花は地味なようだが、レンガの舗道いっぱいに散り敷いて、真夏の到来を告げる。
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東京駅でポスターを見かける。JRの「そうだ 京都、行こう。」のシリーズである。で今回は、比叡山延暦寺の根本中堂。夏向きの涼しげな場面である。世界遺産「古都京都の文化財」にも含まれている。
ん、でも待てよ、延暦寺って、たしか、京都じゃなくて滋賀県側にあったはずだよなあ。確認してみたら、やっぱり、「滋賀県大津市坂本本町4220」だった。笑)・・・
いや、べつに酔仙が近江産だからというのではなくて、ちょっと面白かったというだけのことで。
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八重洲の地下街で酒屋さんのポスター。まんなかあたりに小さく、"Beauty is a form of genius (Oscar Wilde)"と。お水のペリエ社ではないが、フランスシャンパンのペリエ・ジュエ社の洋物だけにちょっと垢抜けしている。
酔仙向けには、下辺にある、"Enjoy our drink responsibly"が最適か。
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東京駅前、八重洲あたりの表通り歩道。せっかくのレンガ舗装も、違法駐輪でこの状況。まあ、日本人の民度なんて、まだまだこんなものだろう。
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やっと、洞爺湖サミットも終わったようだ。対テロ厳戒態勢ということで、街中が お巡りさんでいっぱいになった。今回は、「見せる効果」を狙ったものという。つまり警察力の誇示ですな。
駅のゴミ箱もすべて封鎖。
改札の前で、柱の脇に酔っ払いのオニイチャンが座り込んだら、お巡りさんがワラワラと出てきて4人がかりで取り囲んでいた。(笑
それにしても、警察力の誇示で維持される「治安」って、何なんだろうかなあ。
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会社のお昼休み、ちょっと外に出たついでに、八重洲仲通りあたりをぶらぶらと路上ネタ探し。
さくら通りのパーキング料金、これは実質値上げということなんでしょうね。
飲食店などのすきまの空き地は、地上げなんでしょうか、改築なんでしょうか。鳩がのんきに休んでます。
お昼休みのランチタイム、和洋中華etc.あちこちのお店では、店頭に見本のお皿を並べて客寄せ中。おいしそうだが、酔仙は十年一日のごとく、会社の食堂で、A定食か B定食か、二者択一の日々を過ごしている。もちろん、フカヒレは出てこない。
さて、今日はこれから帰省である。
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ついでがあって、久しぶりに上野駅前を少し歩いてきた。駅前のアメ横入り口の角地の「聚楽」は、建て変わってヨドバシカメラになってしまった。
西郷さんの足元の聚楽も、シャッター商店街風。建て替えはどうやら時間の問題のようだ。
ヨドバシカメラの向かい側のレストラン「聚楽」はまだ元気なようだ。
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母の月忌の準備のため帰省していた。埼玉では、田植えはGWで終わっているのだが、酔仙の実家の湖北あたりでは、6月半ばの今頃でも、まだ田植えをやっている。実家の前の田んぼを眺めていたら、トラクターと田植え機が、田んぼの泥に車輪をとられてめりこんだまま、動きが取れなくなっていた。
一晩たって、翌日帰宅する頃も、まだそのままになっていた。田植え機に積んだ苗が枯れていなければいいのだが。
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会社の帰り道、八重洲北口通りを通りかかると、祭りの準備の最中。堤燈がずらりと並び、神輿の仮宮もしつらえが終わっている。
日枝山王祭は江戸っ子のお祭り。6月13日が神幸祭、16日が神輿渡御。
半てんも貸し出してくれるらしい。
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GWは法事続きで、二週連続で長浜までいったりきたり。北国街道は観光客の人ごみだけれども、八幡神社のあたり、昔ながらのたたずまいが残っている。参道脇に、手入れのいい古い民家が。昔の造り酒屋のお家だとか。
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久しぶりに東京駅の丸の内側に出かける用事があったのだが、赤レンガの駅舎復元工事が始まっていて、そこいらじゅう工事の囲いだらけになっていた。
駅の上の空中権が丸ビルに売れたおかげで復元の資金ができたのだから、けっこうなことだ。でも、お金がなくて消えていく古い建造物が多すぎるなあ。「建築探偵術入門」記載の建物で、丸の内界隈に残っているのは、あとはこれだけ。
こちらはまだ身の振り方がきまっていないとか。
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東京駅の構内はいつもどこかが工事中。交通機関だから、仕事を停めて一気に作業というわけにはいかない。かわりばんこにちょっとづつ進行。さて先日から日本橋口へ向かう途中の一番街あたりが工事に入った。入居していたお店は仮移転か暫時休業。なかには、売り上げがよくなかったのか、そのまま退去というお店も。客商売もなかなか楽ではないなあ。
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清澄庭園、桜めぐりの途中でいろいろ面白いものを見つけたので、まとめて路上ネタでアップ。
「耳そうじ屋」というのは、江戸時代だけの仕事かと思っていたのだが、秋葉原の駅でこんな看板を見かけた。やっぱり、金・銀・竹の耳かきなんだろうか?
橋のたもとで、こんなでっかいシーラカンスを見つけた。ギョッ。
救急センターの看板を見かけた。よく見たら、動物病院用だった。
圧巻はこれ。JR両国駅東口に向かう途中、線路下のコンクリの壁面に延々と描かれたシュールな画面。エアブラシを使って陰影を巧みにつけている。
両国だから、やっぱりお相撲さんがいなくっちゃ。茶色のブロックは絵、自転車は本物。足元は駐輪場になっている。
女の子は絵で、自転車は本物。
2、3百メートル以上ありそうな長さを、同じかきっぷりで描いている。多分、最後のこの後姿の人物が自画像なんだろうな。
両国駅に行かれる機会には、ぜひ東口に下りて錦糸町方面に歩いてみてください。
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八重洲仲通を歩いていると、こんな看板が。ビルの外に立ちションベンするな、というのならともかく、ビルの中に、とは。まあ、夜になると飲み屋街で酔客が彷徨するのではありますが。もちろん酔仙は、中でも外でもやりません。
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春のお彼岸を過ぎて、急にぽかぽかの陽気となり、あちこちの花が開くのが早い。ご近所の木蓮はここ二三日で満開。庭の花ニラもいっぱいに開いている。可愛い花だが、飛んだ種がアスファルトのすきまにも生え出すほどたくましい。
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家の近く、お百姓さんちの庭先に古い梅の樹がある。通りかかりにちょっと車をとめて降りると、梅の香がする。
3月も上旬となると、ジャガイモの植え付けの準備。取りあえずジョイフル本田で男爵の種イモを買う。今年は日曜菜園を20坪から10坪に縮小したので、1KGだけ。
昨晩は同期の近しい友人が、酔仙をなぐさめる会、を開いてくれて、池袋八かく庵の豆富料理。ゴッツァンでした。お礼にEメイルで○○を送る。
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酔仙の会社のオフィスの窓からは、首都高が真下に見える。一昨日のこと、仕事中にみんなが窓の外を見ているので、いっしょになって見たら、首都高の路上で車が停まって人が出ている。すは、事故か?と急いでデジカメを取り出して一枚。
でも、単なる故障か何かだったらしい。残念・・(>_<)\ボキャッ
年中渋滞のため一般道よりも低速でしか走れない首都高だから、故障しても停車しても、事故にはならないんだなあ。
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御徒町駅のホームに、「白い恋人」の宣伝が現れた。看板に曰く、『「白い恋人」は、こころをこめて、安心・安全をいちばんに』か(^_^;)。なんとか潰れずに復活したようだ。
それにしても、最近の中国産毒入りギョーザまで、よくもまあ食品の事件が次々と続くものだ。ただし、毒を盛るつもりなら、中国製でなくても国産だって危険は同じだし、賞味期限云々については、そもそも製造年月日の記載を廃止したのが間違いのはじまりだと酔仙は思っている。今のマスメディアはどうも、真の問題点をとらえずに、反中国とか偽装だとかに世論をミスリードしているとしか思えない。
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酔仙は今月、喪中になったばかりである。その間にこんなお遊びブログなんかをアップしていては、なくなったオヤジになぐられるかもしれない。でも、オッこれは面白い、と思うものに出会うと無意識にデジカメを取り出してしまう。
(>_<)\ボキャッ![]()
これは、東京駅の八重洲北口。最近なにか床の工事をしているなあ、と思っていたら、実は工事ではなくて、通勤客が床を踏むエネルギーを電気に変える実験をしているのだという。へ~。

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風の強い日、葛西用水を通りかかると、鴨が何羽も泳いでいた。
見ていると、風と波で枯れ葉やごみなどが流れの真ん中に集まって帯状にうかんでいるので、そこを狙って餌をすくっているのだ。なるほど。
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八重洲の交差点で信号待ちの二階建てのバスを見た。東京スカイバスやハトバスの二階建てバスよりもかなり短い。一階がバーになっていて、二階はサロン風かな?もう一枚全体の写真を撮ろうとしているうちに、信号が変わって往ってしまった。後ろには"UPSTAIRS"というネオン表示もあったようだ。こんなバスを貸切にして一日ゆっくりグラスを傾けながら名所めぐりをしてみたいものだ。
このバスをご存知の方、教えてください。
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また帰省したので、帰り道、旧長浜駅舎に一時間ばかり立ち寄る。現存最古の鉄道駅舎。かってはここから港の太湖汽船へと往来が賑わっていたのだが、その港も埋め立てられて、今は車が走っている。向かいの慶雲館は、盆梅展の準備なのか門が閉まっていた。
ここも、酔仙の小学校時代は写生大会の定番の場所だった。戦後の物のないころだったが、ここは国鉄の弘済会の売店になっていて、知り合いの駅員さんの家族についていくと欲しいものがいっぱい買えた。昔の国鉄さんはリッチで誇り高い職場だったのだ。
待合室に入ると、ぼろい人形がちょっと気味悪い。はて、中はもっと広かったような気がするのだが、やはり子供の頃の記憶はまわりがみんな大きく憶えているものだろう。
こんなホーローの看板や時計もありふれたものだったが、いつのまにか見かけなくなった。
隣の新しい棟には、D51蒸気機関車とED701電気機関車とが保存されている。
駅舎の前庭には、廃線となったトンネルの石額が集められている。当時の鉄道建設は、国家の一大事業であったから、「○○隧道」といった名前ではなく、著名人が思い々々の揮毫をしたのだろう。これは後藤新平の「大亨貞」。易経の語で、大いに亨り貞し(きに利ろし)〔おおいにとおりただしきによろし〕と読むらしい。他にも伊藤博文、黒田清隆などが題している。
湖北時雨の合間の陽射しの中を帰途についた。
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田んぼのまん中の自動販売機なら見かけるけれども、これは赤羽駅のホームでみかけた。。「あ文字屋」の売店前のテーブルにこんなぶっとい鎖が。かついで盗んでいった人がいたのか?、構内暴力で線路に投げ飛ばした客がいたのか?、店長が心配症なのか?
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12月の声を聞いたら、あちこちでクリスマスイルミネーションが輝き始めた。年末恒例だった丸の内の東京ミレナリオがなくなったのは寂しいが、神戸ルミナリオは盛況のようだ。
個人の住宅レベルでは、南栗橋の団地が埼玉のこの近辺でのイルミネーション名所である。時間が作れたら見物に行きたいが、さて、既に酔仙の年末スケジュールも押しつまってきている。
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11月中に、結局3度長浜に帰省した。途中でちょっと寄り道をしてブログねたの写真を撮る。今回は長浜駅から徒歩数分の「慶雲館」へ。。明治20年の明治天皇行幸に際して、地元の浅見又蔵氏が3ヶ月の突貫工事で造成し、2時間お立ち寄りになった、という建物である。現在は長浜市が管理していて、盆梅の季節には混雑するが、今の季節は人も少ない。入り口の門と行在所碑に紅葉がちょうど見頃。
旧長浜駅舎と慶雲館、長浜港、豊公園は、酔仙の小学生時代の写生大会ではいつも定番の場所だった。お相撲さんの石像もよく憶えているのだが、今回はじめて、これが横綱常陸山の像だと知った。
庭から見た建物の全景。枯れ池へ落ち込む高低差に巨石を配した設計が特徴。庭は明治45年になって整備開放されたという。酔仙の子供の頃は、右に長浜港と琵琶湖、左に米川と伊吹山を眺望できたものだが、今は埋め立てられて車が走っている。目隠しのためか植木が密になって、外の景色が見られなくなっている。本来の借景庭園の趣が半減しているようだ。
浅見氏は太湖汽船の経営で産をなしたというだけに、庭の石灯籠にもこんな汽船の図柄が。
盆梅展は一階で展示されるので、二階に上がるのは今回が初めて。さすがに天皇の御座が保存されている。
天井の電燈飾りにも明治色が感じられる。
玄関前の紅葉を撮り納めてから、埼玉への帰途に着く。
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会社の用事で、久しぶりに京王線沿線の国領へ日帰り出張。何年か前に仕事で何度も行ったり来たりした道である。駅前もだいぶん様子が変わっている。野川の川べりには新しいマンションが建ち始めている。
帰り道は柴崎の駅に出る。こちらは駅の様子も、踏み切り風景もあまり変わっていない。
家から直行直帰にしようかと思っていたのだが、早めに用事が終わったので、結局、また東京駅までひきかえして、会社で一仕事となった。(~_~;)
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このところ、埼玉と実家の長浜をいったりきたりしている。いきかえりのついでに昔の風景を訪ねる。酔仙の通った幼稚園(^_^;)。まだ健在だった。石の門は変わっていない。「明治天皇行在所址」の石碑とか、二宮金次郎の石像とかも。
昔くぐって遊んだ築山のトンネルも、土はなくなったが、トンネルの土管は残っていた。半世紀の時の流れは思いのほか短いのかもしれない。
豊公園の「明治山」の忠魂碑もすっかり紅葉の中である。昔は湖岸のほとりにあったのだが、旧港が埋め立てられ新港ができて、湖からはなれてしまった。
八幡神社の隣の弓道場。矢場には紅葉がいっぱいに散り敷いていた。
帰りの長浜駅。ダイヤが遅れたおかげで、SLを見られた。
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東京駅を歩いていて、金色の小さなコインを拾った。ロシア文字のようだ。
帰宅してから、Googleで検索すると、「デノミ後のコペイカ硬貨」に写真が掲載されていた。複数形だから、10カペ-ク と読むらしい。聖ゲオルギウスの竜退治の図柄が、共産主義国家崩壊後のロシアらしい。聖ゲオルギウスは、イングランド、モスクワ、グルジアの守護聖人だという。
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長浜に帰省の帰り、北国街道から大通寺のあたりを歩く。日曜日とあって、観光客の雑踏、商売繁盛はけっこうなことである。後ろは黒壁ガラス館。昔の明治銀行の建物。酔仙が高校生の頃、ここはカソリックの教会で、英会話の教室に通っていたものだ。
雑踏の通りをちょっと入ると静かな小路。突き当たりは大通寺のくぐり門。昔、街中はどこもこんな小路や路地裏で遊ぶ子供達でいっぱいだった。
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東京駅の工事も大分進んで、来月には大丸もオープンの予定。今日の帰り道、八重洲の中央地下道を通ったら、新しい銀の鈴もオープンしていた。前の鈴に比べてちょっと中華的なデザインになったような感じがする。
前後の通りの両側は和洋のお菓子の店が、これでもかと軒を並べる、一大甘味街と化していた。大宮のエキナカの何倍ぐらいになるのか。デパチカにとっては脅威だろうなあ。
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秋も深まると、日の暮れるのが早い。定時に会社を終わっても5時半にはもう通りも暮れかかっている。目の前をキンキラ々々と光を明滅させながらにぎやかな大型車が通る。何じゃこりゃ?
「アドマックスの光るバス」、はあ、走る広告塔か。帰宅してからHPを見たら、「屋外広告塔を出している企業の商品は安心、信頼を感じさせます。」と宣伝していた。でもなあ、宣伝のためだけに無用な車を走らせ明かりを点す、というのはなんだかエコ時代に逆行しているような。
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銀座の丸善の立替が終わったら、次は隣の興亜ビルの立替がはじまった。今は上物がきれいに片付いたところ。新ビルの仮称は、日本興亜日本橋ビル、か。ところで、作業工程にある「山留工事」というのはどんな工事なんだろうか?・・・・・・と思いながら、Googleを引いたら、いっぱい出てきた。
「山留工事とは、隣地や道路からの流土を防ぐために壁を造っていく工事のことです。」
業界用語だけどよく使われるんだろうな。

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葛西用水路沿いの道は、5月にはひなげしの見頃だったが、いまはコスモスの見頃になっている。コスモスもけっこう成長が早いものだ。
途中で、花を見に来た、知り合いのSさんとも出会いました。まだしばらくは咲き続けていますから、みなさんもぜひコスモスのお花見においでください。
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近所を歩いていて、CIAの秘密支部を見つけた。本部との通信用のアンテナを隠すのに、アマチュアのハム無線を装うというのはなかなかの知恵だ。
(>_<)\ボキャッ
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電車の中吊り広告で、アコムの宣伝。
で、帰宅してからEXCELで計算してみた。
18%で47ヶ月かかって返済し、金利が約4万円。で、誰がこんなの借りるのだろうか?
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この店を紹介するのを忘れていたようだ。東京駅八重洲北口と丸の内北口との連絡通路の途中に、しばらく前にできた焼酎専門のショップコーナー、"Sho-Chu AUTHORITY"
広くはないが、店内狭しと並べられた焼酎は日本全国を網羅している。特に泡盛にはリキが入っているようだ。焼酎党のかたはぜひ一見を。
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先週末12日の金曜日、朝の出勤でHW駅にはいったら、「改札機故障のため、入出札ともそのままお通りください」とのアナウンス。東京駅の出口では、いつもより混雑がなくて、人の流れがすいすいと通っていた。
日本信号の機械のシステムバグかなにかで一部の改札機が動かなくなり、出口での混雑を避けるために全部の入出札をフリーにしたらしい。ふだんは、やれ信号故障だ人身事故だで、乗客のブーイングを浴びているのだが、今回は、ただ乗りできた人もいたりして、誰も文句を言わないという、珍しい事故だったなあ。
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通りすがりにふと、タバコの自販機に貼られたポスターに気がついた。エッ IDカードが無いとタバコが買えなくなるんだって(-_-;)
何度も書いているように、酔仙は酒は好きだがタバコは吸わない。しかし、世間から嫌われるスモーカーには深く同情している。嫌煙権ヒステリーは禁酒法への第一歩とも感じている。そもそも、未成年者だから酒もタバコもバクチも○○○もいけない、大人なら何をしてもいい、というのもずいぶん身勝手な話だ。それに、未成年者は酒を飲むなとかタバコを吸うなとかいうのは、家庭のしつけの問題であって、「ウチのイエではコドモもしつけられないので、オカミで取り締まってください」などというのは、本末転倒した話である。こんな風潮がはびこれば、権力側の思うつぼ、日本の家庭も青少年も、未来は暗い。コドモには自信を持って、正しい酒の飲み方、正しいタバコの吸い方を教えようではないか。
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酔仙は高校まで滋賀の長浜で育ったので、ちょっとその写真を。
長浜御坊・大通寺、地元では「ごぼさん」と呼ぶ。長浜城は今出来のコンクリ製だが、こちらは本物。山門、本堂とも堂々として巨大である。

北国街道は幸い黒壁ガラス館などの観光客誘致策があたって、なかなかの人出だが、それ以外はほとんどシャッター商店街と郊外型スーパーになってしまっている。街道のはずれには往来安全の大きな石灯籠も残っている。
町中を流れる川の水もひと頃にくらべてきれいになったので、小鮎やハヤがまたたくさん見られるようになった。
とはいえ、人の住むところやはり何がしかの摩擦は逃れがたい。
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昨7日(金)の出勤は、台風9号にぶつかってしまった。ニュースでは「宇都宮線は本数七割に減らして運行中」というので、いつもの時間にHW駅に向かったのだが、着いてすぐに、「KG、KR駅の間で倒木があって、遅れます」とのアナウンス。「隣のKR駅まで行って、東武への振り替え輸送にご協力ください」というので、取りあえず一駅下ったが、この込み具合ではどうもなあ。以前にも、振り替え輸送ですし詰めになって大宮まで行ったら、宇都宮線が既に復旧していた、なんてこともあったし。取りあえず、復旧まで待つか、ただの倒木だし、と腰をすえたのが誤り。
「倒木は直径40センチで、クレーンの手配をしました」、「作業の困難な現場ですのでさらに時間がかかります」と追いうちのアナウンス。結局、4時間半遅れて、11時ごろやっと復旧した。
会社に着いたのは午後の1時前。「仏像は語る(西村公朝)」をゆっくり読み終えられたものの、おしりの痛くなった半日だった。
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宝くじ売り場の前を通りかかったら、こんなのぼりが出ていた。
10億円が当たれば人生が狂うかもしれないが、1千万円なら大丈夫だろう。1億円なら??酔仙は小心者だからちょっと自信がない。でも、いずれにせよ買わねば当たらないのは確かだ。
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東京駅の構内は相変わらず工事中だらけ。待ち合わせといえば、渋谷のハチ公、新橋のSL、そして東京駅八重洲の銀の鈴が三大名所なのだが、銀の鈴は地下一階に移ってからどうもぱっとしない。そのうえ近頃の駅構内は工事続きで、南口の杵屋からの帰りにのぞいたら、天井からも工事用はだか電球がぶら下がっている状態。
早く陽の当たる場所に出てきてほしいものだ。
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会社の帰り道、上野駅でちょっとトイレにはいった。酔仙が水洗トイレに・・・・(>_<)\ボキャッ
しゃがみながらふと横を見たら、こんなカウンターつきになっていた。はじめて見るなあ。皆さんはもう知っているのかな。ちなみに、写真の通り、酔仙は45,791人目だった。酔仙ブログのカウント数とはかなり違うなあ。
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長すぎた梅雨もやっと終わったようだ。本格的な夏到来。あちこちの木立からせいいっぱいの蝉の鳴き声。ガレージから車を出そうとして、ふと気づいたら、こんなところにも蝉の抜け殻が。
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先週、実家に帰省したときに、ご近所をぶらぶらしていたら、ある家の玄関先にこんなものを見つけた。国旗の小旗をさしかけるための焼き物の筒である。
正面に「國威宣揚」、両側には「靖国祭」「秋季皇霊祭」「神甞祭」などの日取り、ついでに、下には「実用新案出願中」の文字も。戦中か戦前のものだろうが、60年以上を経てよく残っているものだ。願わくば、これが「遺物」で終わりますように。
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いきつけの杵屋八重洲北口店が改装休業中なので、取りあえず近くで安くてゆっくり飲めるお店はないかと、探している。上野駅の大歩道橋改札前のギネスビールのパブとかも悪くはない。でも、会社の近くとなれば、やはり八重洲の仲通り。細い路地をいったりきたりと探索中。特大シューマイの開々亭とか、カウンター立ち飲み限定のGYO-BARとか。夕まぐれ近い裏通りの角に、ふと朱の鳥居や人待ち顔のワンちゃんを見つけたりもする。

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HW駅前のダイエー前広場での毎朝のラヂオ体操。ちょうど酔仙の出勤時間と同じなので、駅の高いホームから良く見える。ふだんはご近所のオジサンオバサン達が集まっているのだが、夏休みに入って子供たちの姿がどっと増えてにぎやかである。
ふだんだと、これぐらいの人数ですね。→ http://saitama-no-suisen.cocolog-nifty.com/httpsaitamanosuisencocolo/2007/05/063_878f.html
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近頃はどこへいっても、禁煙だ嫌煙だと、タバコのみは排斥されている。何事もいきすぎはいけない。タバコのみにも言い分はあるだろうと、酔仙はひそかに同情している。
某ビルの裏手を通りかかったら、ビルとビルの間にオジサンたちがたむろして、みんなタバコを片手にぷかりぷかりと一刻を過ごしている。ロンドンのスピーカーズコーナーならぬ、スモーカーズコーナーと化している。
みんな苦労しているのだなあ。雨の日はどうするのだろうか。
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新しくできた東京駅日本橋口のロビーは、バスターミナルもあるので、団体ツアー客の集合場所になっている。毎朝、近ツリだのクラツリだのの添乗員さんが小旗をもって、オジサン、オバサンを集めている。昨日の朝は珍しく子連れの客がぞろぞろと集まっている。

小旗の代わりに「クマ」「キリン」「ウサギ」などと書いた札が。「伸芽会サマーキャンプ」と書かれた札も。ああ、林間学校の出発か。世間はもう夏休みなんだなあ。
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八重洲南口の杵屋で飲んでの帰り。北のコーナーにはヤン・ヨーステン像、南のコーナーには猪の像。イタリアはフィレンツェから到来の、幸せの猪の像云々とのこと。
つっこんでいえば、猪なのか豚なのか、銅像は猪のようにも見えるし、説明にも混乱が・・・・もっとも、日本では猪と豚は区別されているけれども、本場の中国では、ブタは「猪」、イノシシは「野猪」と表記されるそうです。中世ヨーロッパでは秋に森に実ったドングリを豚に食べさせて肥らせ、雌豚と良い種豚以外はつぶして塩肉とソーセージにして冬に備えたそうです。
このブタの鼻をなぜると幸運がやってくる、ということで、子豚さんの鼻はピカピカ光っています。で、左下の別の鼻もピカピカしているのは、やっぱりご利益があるのでしょうか。(>_<)\ボキャッ
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幸手の市内に自転車で出かけた帰り道、ぶらぶらとお寺を寄り道。正福寺の「日光道中」碑はけっこう大きい。向かって右側面には、「馬頭観世音菩薩供養」「寛政12年庚申歳」とあるから、西暦1800年、徳川家斉の時代である。
境内には、出羽三山の碑もある。湯殿山は、芭蕉だけでなく、講の団体ご一行様の観光コースでもあったのだろうか。
一文字違いの、お隣の聖福寺。表通りからずっと奥に入ると立派な本堂。季節柄、七夕の竹飾り。境内には幸手さくら幼稚園がある。十三重石塔の周りには石仏がぎっしり。

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通勤帰りの宇都宮線で、珍しく 3つドアボックスシートの旧型の車両に乗った。窓際に、昔は喫煙用の灰皿があったのだが、今ではみな取り外されて、跡のネジばかりが残っている。
酔仙はタバコは吸わないのだが、他人が吸う分には、ルールさえ守れば格別反対はしない。昨今の「嫌煙権」云々はちょっと行き過ぎだと思っている。健康に悪いとか、ひとに迷惑だとか、一見正論をふりかざす運動というのはやはり疑ってかかったほうがよい。喫煙者が撲滅されたら、つぎは禁酒法の時代が再来して、酔仙なぞはまっさきに標的になって抹殺されるのではないかと、ひそかに恐れているのだ。
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OBの会があって、久しぶりに新橋駅へ。駅前のSLもオジサンたちの風景もあまり変わってはいないが、ここにも新しいのっぺりとした高層ビルが増えているようだ。

6時前でもまだ明るい季節なので、新橋駅前の堀商店ビルの写真を撮りに寄り道する。飽きの来ない良い建物だ。

「登録有形文化財第13-0009号、この建造物は貴重な国民的財産です。文化庁」というプレートがショーウィンドウに置かれている。金物屋さんなのだが、ディスプレイもあか抜けしている。キーケース(HORIオリジナル¥6,825/¥6,195)などもあるから、贈り物にもいいのでは。

壁面のテラコッタ風の飾り板も渋い。アップで撮ってみると、これは鍵のデザイン。もうひとつの錠前らしいデザインと交互に並べられている。
正面上部のプレートは”H”の花文字だろう。羽根、柱、リボンがついているところは、ヘルメスの杖(カドゥケウスの杖)っぽくも見える。両側は「豊饒の角(コルヌコピア)」だろう。

このビルがずっと大切に守られますように。のっぺらぼービルなどに建て替えられたりしませんように。
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梅雨の晴間、今日は太陽がカッと照りつけるが風はまだ暑くない。自転車でぶらりとデジカメを撮りながら田んぼ道をたどる。梅雨時とあればやはりアジサイ(紫陽花)が定番。酔仙はどちらかといえばガクアジサイが好み。
ラベンダーもこの時季の花。
このあたりでは少ないこんにゃく畑にも出会ったのだが、畑のおじいさんと話していて、デジカメを撮りもれた。こんにゃくは食えるが、花は食えない。食えない花のためになぜひとは手間ひまをかけ、時には100本のバラを買い求めるのだろうか?
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新丸ビルの前で、屋根なし二階建ての遊覧バスを見かけた。胴に貼られた案内を見ると、「Sky Bus」と書いてある。三菱ビル前が乗り場で、東京駅、銀座、有楽町から皇居の周りを一周して戻ってくるコースらしい。

帰ってからネットで調べたら、日の丸リムジンの運営で、お一人1,200円。6月10日からは、下町コース2,500円も始まるとのこと。ハトバスよりも手軽そうだ。
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那須の山歩きの帰り道、高速道路のサービスエリアで、こんな親子トイレを見つけた。酔仙も思わず笑ってしまった。
それから、こんな案内も。これはやっぱり、日本語としてちょっと・・・。
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デジカメ片手に自転車でぶらぶらと寄り道していたら、小道の角に、盛りのジャーマンアイリスの花でいっぱいの祠があった。
祠の中には庚申像。「享保五 庚子歳」銘だから、徳川吉宗の時代か。雨風にさらされることが少なかったのか、保存がよく、日月、持物もきれいに残っている。
5/20、祠の全体を追加しました。鉄の檻越しなのが残念ですね。
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葛西用水路のひなげしがそろそろ見頃。全長4.6㎞とか。紅い花が多いのでなかなかはなやか。用水路だから、まわりは水田。五月の風に植え終ったばかりの苗がそよいでいる。

なかにはピンクの花も。

酔仙は今日は半日サツマイモの植え付け。
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葛西用水路沿いのひなげし(ポピー)の花の咲き具合を見にちょっと寄り道した。ぼちぼち咲き始めだが、見頃はやはり5月中旬頃か。南側の斜面にはもうかなり咲いている。
だいたいは赤い花だが、ピンクや白も混じっている。
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東京駅地下の東京温泉の前を通りかかったら、「東京駅再開発工事のため閉店します」の掲示が出ていた。昔からのお風呂屋で、駅地下という場所柄、酔仙も若い頃の徹夜明けに何度か汗を流したものだが、そうか、なくなるのか、惜しいなあ。隣で掲示を読んでいたおじさんも、「いつもここで一風呂浴びてから帰っていたのだがなあ」と残念そうだった。時の流れで、しかたのないことなのだろうが、感慨深い方も多いだろう。
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東京駅の広告看板にこんなキャッチコピーが。"You are what you buy."「あなたはあなたが買うもの」では意味不明。「あなたが買ったもので、あなたがどんな人かわかる(もしくは、決まる)」が正確な訳だろうが、翻訳としては拙い。
「買い物でわかるあなたのお人柄」、七五調がちょっと古いなあ。誰か名訳を書き込んでください。ところで、epos社はスイスの機械時計メーカーだが、このEPOSは、カード会社(旧の丸井カード)の方。
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酔仙が通勤のため、朝、HW駅のホームに立つ頃、駅東向かいのダイエー前広場でご近所のおじさん、おばさん達がNHKのラヂオ体操をやっている。もとは夏休みの子供たちから始まったのだろうが、いつのまにか春夏秋冬、20人余りが欠かさず体操をするようになっていた。天安門前の朝の太極拳のノリだなあ。早寝早起き、健康は体操から。
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酔仙の団地は四方が水田に囲まれていて、GWの季節はいっせいに田植えが始まる。冬の間乾いていた田の土が砕かれ水を張られて、苗が植えられていく。サラリーマンには休暇の季節だが、農家には忙しい季節である。今日で3日連続のお休みだが、遠出することもなかった。暖かい風に揺らぐ小さな苗を見ているとなんだかほっとする。
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東京駅の日本橋口、つまり一番北のはずれの新しい出入り口も、周りの新しいビルがだいぶん出来上がってきた。バスロータリーもそれらしくなってきて、最新型のメガバスも見かけるようになった。
タイヤが全部で8輪、さすがに大きい。なるほど前輪はこうやって曲げるのか。一度くらいはこれで帰省してみようかな。
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このところずっと、東京駅のまわりは工事続き。八重洲の地下の一番街もリニューアルということで、お土産、甘いもののお店がずらりと工事のカバーに覆われた。掲示された案内は、閉店する店、仮店舗に移る店、改装後に再開する店と、栄枯盛衰さまざまである。
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太平山花見山行の帰り道で、路傍の庚申像。
天邪鬼と三猿を踏まえた青面金剛像。天明4年甲辰年は1784年、天明の飢饉の頃、志賀島の金印発見の年でもあるが、像はまあ普通の造り。隣の石碑が、「支邦事変皇軍将士武運長久」・・・・か。歴史は消せないなあ。
その向かいには、「滄浪」の刻銘の水盤。珍しい銘である。
酔仙の妄断では、離騒の「滄浪の水清(す)まば以って我が纓を濯(あら)うべし」の句から採ったものではなかろうか?ご存知の方あれば、ご教示を。
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太平山の兼信平で、こんな看板があった。「放し飼い卵」?
つい、卵がぴょこぴょこと転がっている風景を想像してしまった。(^。^)
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三毳山の帰り道、もうひとつ、渡良瀬遊水地にも立ち寄った。堤防にあがると、一面の葭原は野焼きを終わって、広々と続く焼け野原になっていた。頭上には上げ雲雀のにぎやかなさえずり。まもなくここもまた緑がいっせいに芽吹いてくる。
今回はじめて気がついたのだが、遊水地の北口エントランスを入ったところに、「旧谷中村合同慰霊碑」の一画がある。足尾銅山鉱毒事件で、結局、谷中村がすべて買収されて村が消えた時に、残された墓石・石仏などを集めて供養したものである。脇には遊水地工事の殉職者の碑もある。訪れる人もなさそうだが、旧建設省の管轄なのか、園内は手入れされ、お彼岸の香華も供えられていた。
石仏には十九夜塔が多い。
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三毳山の帰り道、藤岡の町を通るときは、岩崎醤油の工場跡がどうなっているか気にかかる。赤レンガと大谷石の工場の壁はさすがに持ちがいい。赤レンガの煙突もまだまだ持ちこたえている。
ちょっと裏手をのぞいてみたら、醤油の醸造樽だったらしい大きな樽が半ば朽ちて転がっていた。直径が酔仙の背丈ほどもある。
立派な蔵が1,2棟、きれいに手入れされている区画もあるのだから、広い敷地の中には、まだ家の人が住んでいるのだろうか。
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新橋駅の烏森口側にはずっと飲み屋街が続いている。路上に看板がある。「警告、歩道上にある看板は撤去します。愛宕警察署・港区役所」。たしかに放置看板は無い。しかし街路樹の一本づつに、この看板がしっかりと取り付けられて列をなしている。これって、何か自己矛盾を絵で描いたような・・・・・
一方、↓頭上にはこんな突き出し看板がてんこ盛り。
酔仙は、わいざつな飲み屋街も好きだし、こんなきれいな朝焼けの風景も好きだ。人間って、そんないいかげんなところがいいんじゃなかろうか。
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通勤途中のN井公園の調整池。何年か前に野鳥が住めるように樹や草を植え、池にも人口の浮島や野鳥観察小屋を設けた。その浮島に何十羽もの白鷺が住みついている。写真を撮るために、たまにはバスに乗らずに歩いてみた。

夜明け過ぎて明るくなると、餌を探しに次々と飛び立っていくのがきれいだ。
ところで、公園の外の用水路と歩道の間には、雑草を取った跡に、ポピー(ひなげし)の種を蒔いたようだ。けしは秋蒔きだったと思うのだが、春蒔きでもいいのかなあ。前の年はコスモスだった。看板も「コスモス」を消して書き直していた。(^_^;)
(2/26:追記)自転車で葛西用水路あたりをぶらぶらしていたら、用水路の脇の遊歩道沿いに、大々的にポピーの種が蒔かれていた。こちらは既に小さな芽が一杯に出ていたから、5月にはお花畑が見られるのだろう。
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朝倉彫塑館を出た後、せっかくだからと、谷中近辺をぶらぶらと歩く。谷中霊園に接して下町の風情の残る町並みが続く。金ヘンに武、と書いて これは「ブリキ屋」さん。2階の戸袋がいい味。でももうお仕事はやっていない様子。
路地を入ったところで、「酔仙」の看板を見つけた。飲み屋が何軒かあって、路地の突き当たりは共同トイレ、という昔懐かしい構えだった。
谷中霊園を控えているので、町中お寺さんだらけと言える。どこも、境内はていねいに掃除されていて、気軽に入れる。寺の名前は忘れたけれど、しだれ咲きの梅の花もきれいに咲いていた。
谷中銀座へ下る階段の脇には、ブリキ壁の錆がほどよく浮いた、味のある建物も。
階段の脇にはなぜか、「猫だまり」ができていて、谷根千下町めぐりの観光客がカメラを向けていた。野良猫にしてはのんびりと太っていたから、半分飼い猫なんでしょうか。まあ、昔の猫はみんなそんなものでしたけど。朝倉文夫も猫好きで、15,6匹も飼っていたいたというから、このなかにはその子孫の猫もいるのかも。
さて、三河島の駅に出て、韓国焼肉の「寿々」へ。しかし、お目当てのポシンタンは無かった。「このあたりでも出しているところはもう見かけないねえ」という。代わりに焼肉とマッカリ、締めにカルビクッパをたっぷりと食って帰路についた。次回はポシンタン情報を固めてから行こうか。
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彩華園で中華料理を食べた帰り道、丸の内あたりをちょっと歩く。「月天心貧しき町を通りけり」の句の風景では月が大きく見えるが、高層ビルがずいぶん増えた谷底から見上げる月は、すっかり小さく見える。果たして街は豊かになったのだろうか。

新丸ビルあたりのビル工事中の現場では、こんな投光機が並んでいた。布袋をふくらませたような球の中から照明しているので、明るいけれどもまぶしくない。
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しばらく前に、JRと東武の栗橋駅の西口が再開発されてきれいになったというので、遅ればせながら出かけてきた。というか、帰りの通勤電車を乗り過ごした時に、カミサンに迎えに来てもらうための下しらべである。(~_~;)
きれいな駅舎とロータリーになっている。もっとも駅前は開発途上というところ。
東口へ出るのと距離的にはそう大した違いはないのだが、西口の方が駅前が広いので待ち合わせにはいいだろう。でも、とにかく乗りこしをしないのが何よりか。
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鷲宮神社の初詣記事のついでに、この神社の説明を少々。関東平野はもともと利根川などの大河が氾濫をくりかえしていて開発が遅れた地域なのであるが、ここ鷲宮神社の土地だけは弥生時代にさかのぼって住人が定着してきたため、関東一の古社(武蔵の国一の宮)として、また有数の社叢(鎮守の森)も今日まで残っている。その理由は、氾濫原のなかでここだけがわずかに周囲よりも微高地になっており、水没をまぬがれたからであるという。洪水の中でも浮島のように残る土地に土師(焼き物の部族)が住みついていたので「ハジの浮島」。それが変化して「鷲ノ宮」になったという。論より証拠。
昭和22年にキャサリン台風で利根川の栗橋の堤防が決壊し、関東一円が数ヶ月間水没した時の記録である。神社の参道入口のあたりではほぼ背丈ほどの深さであるが、ほとんど水平のように見える参道を鳥居のところまで歩いてくるにしたがって、膝ほどの深さにまで減じてしまう。本殿のあたりは多分水も達しなかったのだろう。昔の人の知恵はバカにしてはいけない。
さて、酔仙の団地のあたりはといえば、これは、利根川が決壊したら完全に床上浸水する地域である(~_~;)。この堤防は絶対決壊しません、とか、この原子力発電所は絶対安全です、とか言うのは人間のおごりである。いつかは自然からしっぺ返しを食らうことを覚悟しておかねばならない。
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週末、いつもの八重洲地下街の「杵屋」へ飲みに行ったら、飲み仲間のKさんが、すぐ目の前、地下街の北はずれのコーナーにヤン・ヨーステンの胸像があるのに気がついた。いつも歩いている所なのに、いままでぜんぜん気づかなかった。(^_^;)
日本に漂着してそのまま徳川家康の顧問になり、「八重洲」の地名のもとになった人物として、教科書でも有名である。
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ケータイの普及で、公衆電話がどんどん減っている。酔仙はケータイ=軽佻浮薄という刷りこみから抜け出られないものだから、いまだにケータイを持っていない。外で電話をしたいときには困る事が多い。会社の地下の通用口近くにあった公衆電話二台もいつのまにか撤去されて台だけになっていた。
お年よりなどは不便だろう。社会的弱者の切り捨てにつながるのだろうか。とはいえ、株式会社に赤字を押しつけるのも不条理だろうな。老人用機能限定無料ケータイの配布などはできないものだろうか。
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昨日は月末の30日だったが、会社の休みをもらって、車の免許更新にS警察署まで出かけた。車はカミサンが乗って出かけているので、自転車で往復した。30分の講習だけで、午前中に片付く予定だったが、本籍地が市町村合併で変更になっていて、市役所まで住民票を取りに出なおしたりして、結局、午前と午後二往復してやっと終わった。でもまあ、途中ぶらぶらと回り道をして路上観察のネタを撮れたから良しとしよう。デジカメブロッガーには、車よりも自転車が最適。
これは、市役所と道をはさんで、「おざわどうろ」のクリスマスプレゼントくじ引き景品の展示。会社の宣伝を兼ねたボランティア活動らしい。
これは、HW駅へのシャトルバスを運営している有限会社中田商会の事務所で、権現堂の田んぼの中にある。会社の交通費補給申請の資料としてバス乗車距離証明書をもらうために、寄り道してきた。
こちら、権現堂の農家の垣根では、烏瓜の赤い実が冬日に照らされていた。

表通りから離れたお寺の境内はイチョウの黄葉に敷きつめられていた。

銀杏も拾いほうだい。でもちょっと小粒かな。
これを食べられるようにするには、「くさい、きたない、かぶれる」の3K労働が必要。やっと、酒のつまみができた。酔仙のウチでは、ゴマ煎り器を流用して焼く。
欲を言えば、もう少し大粒の方がおいしいのだがな。良い樹のある神社やお寺は足で探して歩かねばならない。
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新橋の駅近くで、OBの勉強会に出席。久しぶりの新橋駅前では、あいかわらず右翼の街宣車。酔仙のきらいなもの、右翼、自民党、やくざ、官僚。
名物SLには、待ち合わせのオジサンの群れ。ちょっと照明がハデになっている。クリスマスが近いせいかな。
宝くじ売り場はけっこう繁盛している様子。
で、売り場の横に、こんな看板が。
「天赦日」って??はじめて聞くなあ。バクチをしても天が赦すのかな?Wikipediaをひいたら、さすがに載っていた。(^_^;) 以下ご参照。
天赦日(てんしゃにち、てんしゃび)とは、暦注下段の一つで、「七箇の善日」の一つである。暦には天しやと書かれ、選日にも書かれる。この日は、百神が天に昇り、天が万物の罪を赦(ゆる)す日とされ、最上の大吉日である。そのため、天赦日にのみ「万(よろづ)よし」とも注記される。天赦日は季節と日の干支で決まり、年に5回または6回ある。
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朝の出勤途上、電信柱の上に雀よりちょっと大きい鳥が群れをなしている。前に、HW駅前の大けやきに雀のお宿が、とアップしたら、余人さんから、それは椋鳥で、と教えていただいた。これも椋鳥だろうな。
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今日は、同期入社四人組のT君のご母堂のお葬式に参列のため、四谷のお寺まで出かけた。しかし、よそのお葬式のスナップをパカパカ撮るわけにはいかない。散会の後、四谷三丁目附近をとりとめなく路上観察。取りあえずお寺の境内にこんな記念碑。
過去の戦争の日々の記憶がうすれると、また次の戦争の跫が聞こえてくる。歴史に学ばない国だ。そういえば、世界史の履修不足で卒業できないという高校が続出とか。
裏通りに質屋さんが二軒ならんでいた。ちょっと店構えのきれいなほうの写真。
酔仙も独身寮時代に一度だけ質屋さんのお世話になったことがある。返済できなければ質草が流れて終わり、とってもはっきりしている。近頃の、多重債務やクレジット漬けで借り倒しておいてから、貸し手責任がどうこうというのは、ちょっと筋違いだと思う。50%の金利を返せない者は5%の金利もやっぱり返せない、というのが現場の実感。金利の上限規制は必要だが、返済能力を考えずに借りる人間をどうするか、というのがまず第一の問題ではなかろうか。
さて、四谷三丁目の交差点にとっても目立つビルがある。正面の垂直線、外壁の濃い草色、金色のトレードマーク。そして後に控えるヘリコプター。きっと四谷警察署だろうと思ったのだが、帰ってから検索して見たら、「四谷消防署」でした。(^_^;) 【平成4年11月24日、新宿区四谷三丁目10番地に四谷消防署合同庁舎(消防博物館併設)落成】だそうです。おっと、上の記念碑と同じ年だ。
通りをはさんだ向かいのサイゼリアに、お昼のキノコスパゲッティを食べに入ると、正面にヘリコプターが見える。アップして見れば、なるほど、胴に「四谷消防署」の名前入りだった。
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ジョイフル本田へ買い物に行く途中の道に、荒れた屋敷がある。昔の大百姓のお家なのか、敷地は酔仙の家なら20軒ぐらいは建ちそうな広さだが、ほとんどが竹やぶと雑木のバードサンクチュアリ状態になっている。「お化け屋敷」というのはひどいので、「荒れ屋敷」としておこう。道に面して欅造りの立派な門がある。数年前まではまだ人の出入りや、住人が住んでいるようすもあったのだが、このところ、まったく人気もない。門の造作が立派なだけに、崩れそうでいながら、けっこう持ちこたえている。
やはり後継ぎがいないか、外に就職して帰ってこないのだろうか。これだけの大きさの家では維持する事も難しいだろう。山歩きでも時々廃村や廃家を見かけるが、農村や地方の市町村までも過疎、離家、ドーナツ化現象は進んでいる。そうやって、総サラリーマン化した後の社会はどうなってしまうのだろうか。農山漁村、こまごまとした工場、商店の生活から離れた社会というのは、何か危ない感じがする。
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ジョイフル本田へ買い物に行く途中、御成街道の三叉路に道しるべの石碑がある。街道筋らしく、正面は馬頭観音菩薩の文字。
右側面には文化十五丁丑年、右 日光、左 いわつき道、の文字。左側面には西 くき(久喜)、しようふ(菖蒲)、かず(加須)道、と刻まれている。
文化14年は西暦1814年、徳川家斉の時代。加須(かぞ)は、昔は「かず」と読んでいたのだろうか。傍には、「幸手市指定史跡、御成街道道しるべ、昭和58年3月24日指定」の木標も立っている。
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毎朝通る東京駅の八重洲北口だが、他の出入り口に比べて、バス停の便やスペースがよいのか、団体さんのツアーの集合場所になっている。朝8時ごろには10組近いツアーの添乗員さん達が手に手に案内の旗や参加者リストをもって参加者の名前を呼んだり説明したりしている。合間を縫って通勤客が往き来する。この写真のクラブツーリズムは、酔仙も一度参加したことがある。安かったなあ、行程はハードだったが。
客を当てこんで、弁当の屋台も出ている。もちろん、参加者はリタイア組の元気なオジサン、オバサン達である。うらやましいな、と横目で見ながら、酔仙は今朝も職場へと向かう。
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今朝の出勤途上、八重洲口の槐の並木にぶら下げられていた広告のひとつ。
Q1:路上のぶら下げ広告で宣伝していても、「未公開」なのか?
Q2:違法のぶら下げ広告を見て、四億円(!)の不動産を買ってみようかな、と思いつく客ははたして存在するのか?【万々が一、興味のある方は上記℡へどうぞ】
Q3:ついでですが、本件とは関係有りませんが・・・・「これだけ言われていても振りこめ詐欺に(リフォーム詐欺に)騙される人」「これだけ無法な高金利でもサラ金で借りる人」「これだけ見え見えでもアベシンを支持する人」・・・・・酔仙には理解不能です。
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昨日から、丸の内カウパレードが始まったので、会社が終わってからデジカメ片手に出かけてきた。丸の内のビル街の辻々に、さまざまに色塗りされた等身の牛のオブジェが飾られるのである。スポンサーは三菱地所さん。工事中のビルが多いせいか、今年はどうも今ひとつパッとしない。ビルの物陰に遠慮しながら置かずに、もっと目立つ場所にドカンと並べればいいのに。ついでに、「ねぶた」ならぬ特大「ねうし」でも作ってくれれば、もっとお祭りらしくなるのだがなあ。次のウシ年に期待しようか。
さて、これは、トラではなくてウシです。
これも、地球儀ではなくてウシです。
これは・・・・なんだかわかんないけど、やっぱりウシです。
これは、エビのにぎり鮨のようですが、でもやっぱりウシです。
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慢性の鼻づまりが続いて、かなりつらい。というか、廻りの人目も気になる。病院はきらいなのだが、今日はS総合病院まで出かけて薬をもらう。帰りに幸手市内の浅間神社に立ち寄る。低地の宿場町なので神社の敷地は盛り土と石垣の上である。石垣には溶岩が多い。富士山講にも関係があるかもしれない。
入口の所に、庚申講のなごりの青面金剛の石像がかたまってある。足元は天邪鬼やら三猿やら。頭の髪型は色々あるようだ。古いものは元禄九丙子年(1696年)の銘。徳川綱吉の頃か。
狭い境内には、「浅間神社再建碑」もある。大正12年9月1日の関東大震災で倒壊した社殿を再建したもの。そうか、昨日は防災の日だったのだとあらためて思う。
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通勤途中の、新幹線の高架下すぐの、大型浄化槽の置き場だった空き地で一戸建てのミニ開発が始まった。正直、なにもこんな環境で家を買わなくても、と思うのだが。ついでだが、この写真の右下に写っている空き地は、昔は雑草が道路まではびこっていたが、何年か前から、草一本生えなくなった。相当危ない除草剤が使われているとしか思えないのだが。
HW駅前駐輪場跡地に最近建ち上がった3階建ての商業ビル。何ヶ月かテナントが入らないままで、気になっていたが、やっと、コンビニ「ミニストップ」と居酒屋「魚民」が入居してオープニングとなった。でも、コンビニはこれでご近所に4店舗、そのうち3店は同じミニストップ。相当厳しい商売だろうなあ。
「無人(コイン式)精米所」というのは、埼玉、千葉以外では珍しいものらしい。なんでも茨城が発祥地だとか。百円玉を入れて、玄米10KGを入れると、下から白米になって出てくるという便利なもの。酔仙の家でも、お百姓さんから30KG袋入りで玄米を買っているので重宝している。埼玉、千葉以外の方、ご参考までにこんな感じです。以前は米糠も持ち帰れたのだが、最近は戻ってこない。なにに使っているのか?知っている方教えてください。
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今日の土曜日、曇り空で暑さもちょっとしのげる程度なので、気になっていたご近所の路上ポイントをざっと一回りしてきた。まず、酔仙の団地の南、在所の中の三叉路にある祠。隣りは馬頭観音の石碑。
馬頭観音の石碑の基壇には、東西南北の方角と、「いわつき○○丁」などと案内が刻まれている。昔はこの辻も人馬が繁く往来していたのだろう。
日曜菜園に通う途中に香取神社がある。このあたり、やたら、香取神社が多い。境内の石碑の半分は庚申塚。これはおきまりの青面金剛と三猿の像。「享保17年…」とあるから、1732年、壬子、徳川吉宗の時代である。
近くの小さな墓地で、以前、無縁仏の塚の中に「仙台藩の武士の某が旅中に子供を亡くして云々」と刻まれた墓石を見つけたことがある。その後、気になって2,3度捜しては見たが見つからなかった。今日、もう一度訪ねて見たが、無縁塚も整理縮小されたらしい。墓地のへりに秋海棠の紅い花が咲くばかり。秋海棠はベゴニア科の在来種、別名は断腸花。
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東京駅八重洲側の槐(エンジュ)の並木。車の排気ガスにもまけずにがんばっているのだが、茂りすぎると、枝打ちをしなければならない。昇降台つきの車で暑い中ご苦労様です。
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酔仙が今の団地に引っ越してきたのは平成の元年だが、以来ずーっと、HW駅までの往復は、自家用車か、自転車か、徒歩(20分)だった。それが、ここにきて、オジサンパワーのおかげで、路線バス新設の話がパタパタと進んで、この五月からピンク色のマイクロバスが走り始めた。
コミセン(コミュニティセンター)前から出発して、団地内をぐるりと5分ほどまわり、そこからHW駅まで3分、というショートショートの路線である(^_^;)。運賃は前払い、一律片道150円。NKBというのは「中田観光バス」のイニシャル。
運転手さんに聞くと、やはり赤字運転らしい。酔仙も、普段は美容と健康のため徒歩通勤を心がけているが、夏場は辛い。路線維持のためにも、回数券を買って、時々乗っています。
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会社の帰り道、「世界初、市販乾電池で有人飛行に成功。丸の内南口ドームで実機を展示中」というポスターを見て、立ち寄った。パナソニック+東京工業大学の共同プロジェクト。いや、酔仙はただのヤジウマです。実物は、支えの柱よりもずっと華奢で、こんな感じ。
正面から見ると、こんなぐあい。この狭いカプセルに人間一人がはいるのか。
飛行距離391.4M、飛行時間59秒、最大高度6.11M、とか。毎夏恒例の琵琶湖の鳥人間コンテストには、はるかに及ばないなあ。ご用とお急ぎでない方は、こちら http://oxyride.jp/top.html へどうぞ。
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昨日の帰り道、八重洲の地下街から東京駅に出ようとしたら、大丸のこんな看板があった。思わず笑える文句だ。酔仙は甘党ではないから、「酒のアテと他人には辛口で」とでもするか。
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毎日通勤に通るHW駅前。ここ2,3年の間に、駅前のコンビニ山崎が店仕舞いして、その後ずっと空き店舗のままになっている。駐車場もないし夜には不良っぽいニイチャン・ネエチャンの溜まり場になっていたから、まあ客も来ないわなあ。替わりに、少し離れた近辺に、大きな駐車場着きのコンビニが三っつも出来てしまった。
更に、駅前の駐輪場の跡地に、こんな三階建ての商業ビルが建ち上がってしまった。
でも、完成から何ヶ月かたつのに、一向にテナントが入る様子がない。今月になってやっと、三階に整体所が店開きした。
しかし、一階、二階は相変わらず空っぽのままである。予定していたテナントに逃げられたのか、それとも、楽観的過ぎる見こみでビルだけ先に建てたのか、はたまた、自社ビルのつもりが途中で資金不足に陥ったのか。あるいは、(多分)建設資金を貸し付けている金融機関は、今どうしているだろうか。等々、酔仙の憶測はどんどんふくらんでいくばかりだ。
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路上駐車禁止令が出て、八重洲口あたりの路上も、さっぱりとしました。
でも、歩道のあたりは相変らず。
まあ、強権でなんとかなるのは一時のこと。政り事=行政というのは、いつの時代でも飴と鞭が肝要。
そもそも、人をもっとも動かすものは何か?正義、理想、恋、欲、恐れ?まあ、「欲」をうまく誘導するのが無難でしょうな。「恨」、これは決して手をつけてはいけない。一身を滅してでも千人の敵を亡ぼすというエネルギーは、他の動機からは生まれてこない。ブッシュは、アフガニスタン、イラクでこのエネルギーに火をつけてしまった。しかもそのことに気づいていない。ところで、1945年に日本国民が「恨」に走らなかったのはなぜだろうか?
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最近、東京駅周辺の高層建築ラッシュが目に付く。丸の内側の旧丸ビルが建て替わって間が無いが、新丸ビルの方も、骨組があらかた出来あがってきた。
八重洲北口側の国際観光ホテル跡もかなり建ちあがってきた。駅地下や地上の通路と絡み合っているので、駅に出入りする通路が、工事の進むにつれて猫の目のように変わる。
日本橋口側を挟んで二つ目の森ビルもかなり出来てきた。手前の大和証券本社ビルも、近々建てなおしとの噂。屋上のお稲荷さんは残れるのでしょうか。
呉服橋の旧住友のビル跡には、ことのほか大きいクレーンが立ちあがった。
はてさて、東京駅周辺だけでもこれだけの数のビルができる。東京23区全体ではいったいどれだけの床面積が創り出されていることやら。素人考えでも近未来の需給関係が空恐ろしくなる。それに、第二関東大震災への備えはどうなってしまったのだろうか。ビルは耐震でも、人間は潰れるし、群衆はパニックになる。震災への第一に確実な備えは、人口・産業を分散する事であるが、現状は正反対の方向へ進んでいる。首都機能分散に反対しているのはシンタローだったかな。・・・・・・「我々は、暖かいからといって、火にかかった鍋の底に集まったアリのようなものだ」(「夢見る惑星」だったかな。たしかこんな表現だったと思うのだが。)
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家から自転車で5分のところに畑を借りて日曜菜園をしている。その途中の道端の桜の樹陰に青面金剛の石仏がある。幸手の近辺には庚申講が盛んだったらしく、庚申塔や三猿や青面金剛(ショウメンコンゴウ。庚申講の本尊)の石造が多い。これもそのひとつで、足元には三猿像。以前は生垣を背にしていたのだが、ブロック塀に作りなおされてちょっと風情が減ってしまった。それでも桜の花の季節には花びらが降りかかって、よいものである。保存状態も良い。
側面に「文政十一、戊子年四月五日・・・」の日付があるので、西暦1828年、文化・文政・天保と続く徳川中期、将軍家斉の時代とわかる。
今年は田植えも早い。連休前半で、もう植え終わった田も多い。
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毎日通っているHW駅前には、以前、無料だが露天の駐輪場があった。その後、キレイな二階建ての駐輪場ができ、管理人もついて、駅前広場もずいぶんきれいになった。ただし、月額\2,500(一階)か\1,800(二階)の有料になってしまった。酔仙は「美容と健康と経済のために」、毎日駅まで徒歩で往復している。
さて、その駐輪場には一日\250 の臨時駐輪のスペースもあるのだが、そのために、こんな看板が出されている。
う~ん、どうもなあ。「馬から落馬」と同じことだな。後段を入れ替えできるように考えていて、こうなってしまったのだろうが、前を通るたびにお尻のこそばゆいような違和感を感じてしまう。訂正するとすれば、「ただいま一時利用もできます/はできません」とか、「ただいま一時利用が空いてます/は一杯です」といったところかな。でもまだしっくりこないので、もっと良い表現を考えついた方は、ぜひ書きこみをしてください。
ところで、酔仙は、ことばは時代とともに変化するものだから、正しいことばというものはなくて、使い手の数の多い方が正しいのだ、と考えている。ラ抜きことばの「見れる」なども、(自分では絶対にしゃべらないが)機能的に進化した日本語だと評価している。国語審議会は老害であり、当用漢字の強制や、動植物名のカタカナ化は日本語を貧しくしてしまったとも考えている。それでも、近頃の若い者の、「全然だいじょうぶ」とか、「いらっしゃいませ、こんにちは」などというのを聞くと、つい、オイオイオイ、と突っ込みをいれるか、どつきたくなる。先だって、糸井重里の「オトナ語辞典」や「いいまつがい」を読んでいて、思わず笑ってしまったが、オジサンの日本語感覚というのは、けっこう複雑なものなのである。
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今年は、梅の花が遅くて桜の花が早い。桜が散るのを追いかけて、梨の花も早々と咲いている。このあたりから白岡にかけての梨畑も、例年ならGWの頃に盛りになるのだが、今年はもう満開になってしまっている。毎年の夏の終わりには、白岡の榎本梨園の美味しい幸水や豊水を買いに出かけるが、農家の受粉の作業は間に合っているのだろうか、ちょっと心配になる。ご近所の梨畑で花の写真を撮ってきた。「梨花一枝春帯雨」は白居易の長恨歌であるが、今日はちょっと曇り空。
うちに帰ると、庭のムベの花も満開である。あけびの仲間だが、葉が常緑なのと実が割れないところが違う。去年初めて10ばかりも実が成って、はじめて食べて見た。あっさりした涼しい甘味で、あけびとほぼ同じようなものである。もっとも、この頃は、ムベどころかあけびも食べた事がない、という人が多いようである。
今年も実を食べられるといいなあ。
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幸手は宿場町だったので、街中や道の傍ら在所のあちこちに、石仏や石碑がたくさん残っている。ジョイフル本田からの帰りの裏道に、女人講の碑をみつけた。かなり傷んでいるが、表に如意輪観世音の像浮彫りと文字、「女人講」。側面には「武州葛飾郡織部…」「元治元年…」と読める。元治(げんじ)は1864~1865年の二年間だけ、すぐ「慶應」に替わって、明治維新となるから、幕末のものである。
台石には、「きん、はつ、きく…」などの名前が読み取れる。
関西では、石仏といえば、お地蔵様が多いのだが、関東ではお地蔵様は少なく、街道筋では馬頭観音、青面金剛、庚申などをよく見かける。これからもぼちぼち捜してはアップします。
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印:はんこ彫り、篆刻 | 山:山歩き | 巡:札所巡礼、四国遍路 | 政:政治的、社会的意見の主張 | 本:書籍、マンガをめぐって | 腹:今日の腹立ち日記 | 路:路上観察 | 遊:物見遊山、社寺往来 | 雑:折々の感想など
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