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2015年3月28日 (土)

雑440:小山で、「悼む人」を観る

天童荒太原作の「悼む人」映画化。シネプレックスS手で観ようと思っていたら、27日の最終日上映が午前中だけだったので観逃してしまった。で、今日は小山駅前の小山シネマロブレまで、車で片道1時間弱を往復して観に行ってきた。

20150327_3 

2時間余りだが、けっこう哲学的なテーマを含む作品だった。人は死んだあとどうなるのか、人を思う心とは何なのか。主人公の静人(高良健吾)は、自分の「悼む」行為も信じられないままに歩いていくのだが、彼と旅を共にする倖世(石田ゆり子)や、亡霊としてつきまとう朔也(井浦新)の問いかけが深く感じられる。

酔仙自身は、人も死ねば無に還るだけ、ただし、周りの人々に記憶され、思い出されている間だけは、その存在が残っている、と考えるものだが、この映画のテーマとも少し共感するところがあった。

アンクルさんのブログには、もう少し突っ込んだ感想も。

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コメント

時間をかけて映画を見に行かれたのですね。死とは?それは少しむずかしいですね。しかし、死者を思うことが、自分の生なのかなと、今思います。

投稿: 田中 伸 | 2015年3月30日 (月) 10時38分

地元のシネコンで見逃したので、頑張って
栃木県まで走ってきました。

自分の親たちの世代を見送ると、次は自分自身の
番が回ってくるわけです。同世代の友人でも
既に何人かが亡くなっているので、死は常に
考えなければならない問題なのですが、
死に向き合って生きるのもしんどそうです。

投稿: 埼玉の酔仙 | 2015年3月30日 (月) 13時07分

拙ブログご紹介下さりありがとうございます!
このあと見たイギリス映画「おみおくりの作法」
もとても良かったです
酔仙さんのおっしゃるように、仮に死んでも
自分の関わりあった人たちの心の中に生き続け
るのだろうし、亡くなった人たちも自分の中で
生き続けています
余談ですが、一度死にかけた経験があるのです
が、その瞬間はとてもやすらかだろうと実感さ
せられるものでした

投稿: アンクル | 2015年3月30日 (月) 15時08分

近頃、群馬と千葉で問題化している腹腔鏡手術。
一昨年、酔仙も大腸切除手術を腹腔鏡で受けた
のですが、そんな物騒なものとは露思わず、
麻酔が醒めたらもう終わっていました。

仮に万一途中で何かがあって、目を覚まさ
なかったら、そのまま自分の存在は無に還って
しまっているわけですね。

大往生というのもなかなか難しい。
自分の父親の時には、高栄養点滴やら胃ろう
やらで長引かせてしまって申し訳なかったので
自分自身の時には、自然衰弱で往生させて
もらえるように、今から準備しておかなければ
なあ。

投稿: 埼玉の酔仙 | 2015年3月30日 (月) 21時24分

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