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2009年1月29日 (木)

印007:今年のお年玉切手は赤ベコと牛のり天神

去年からのお願いのかいあって、ぷうぷうマリリンさんから、今年のお年玉切手をいただいた。これで25年連続、無事につながった、(^_^)v♪ありがとうございます。

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今年は丑年だから、赤ベコと牛のり天神か。そういえば、最近はとんと印刀を手にとっていないが、以前に天神さんシリーズで彫ったのが残っていたなあ。お礼はこれにしようか。「洞窟天神」「五才天神」「梅が枝餅喰い天神」、いずれも18ミリ角、どれがいいかな?

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2009年1月25日 (日)

遊056:深谷で旧日本煉瓦製造のホフマン輪窯を見た

前に、深谷へ誠之堂や渋沢栄一の生家を見に行った時は、時間がなくて日本煉瓦製造(株)の煉瓦窯までは足を伸ばせなかった。そのうちに会社が廃業してしまって、見学もできなくなった。忘れかけていた頃、新聞記事で、24,25日限定で深谷市が一般公開すると報じられたので、さっそく出かけてみた。

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深谷まで1時間半ほどのドライブ、晴天で遠くには日光の男体山や浅間山の雪の峰が望める。門の前には既に何十人かが並んで待っている。酔仙も物好きな暇人のひとりか。窯の煙突を見上げながら1時間ばかり待つ。

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やっとヘルメットを借りて窯の中へ。小さな入り口をくぐると中は中空のドーナツ状に煉瓦のトンネルがぐるりと続いている。窯の構造など深谷市の担当者の説明を聞く。

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残っているのはレンガ造りの窯の部分だけだが、本来はこの上に投炭設備の階と乾燥の階が三層に建っていて、廻りにもレンガを搬送するトロッコのスペースなどもあって、ずいぶん大きなものだったらしい。それが全部で6基。周辺の設備を含めると一大工場地域をなしていたという。今では残っているのはこの6号輪窯の本体部分と、後は旧事務所、旧変電室の3つだけ。

旧事務所(異人館)は、下見板張りの木造平屋建て洋館。明治時代、異国の地日本で娘との二人暮しをしていたドイツ人技師の境涯というのはどんなものだったのだろうか?

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旧変電室はレンガのおもちゃのような小さな小屋。

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あとの工場跡地はだだっぴろい空き地である。もともとの工場敷地は、県道を挟んで向かい側の浄水場とグランドまで続く、更に3,4倍の広さを占めていたという。往時茫々の感をいだいて帰途についた。

1/27日追記。帰宅後 google map の航空写真を見ると、工場の敷地内にはたくさんの建物が見える。2006年の廃業後にほとんど取り壊して更地にしてしまったようだ。深谷市としてはこれからここを何に利用するのだろうか?

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2009年1月18日 (日)

山032:筑波山は磐座(イワクラ)だらけだった

昨17日は、町内の山の会で日本百名山の筑波山標高877mへ日帰り登山。好天に恵まれて、登り2時間、下り2時間を快調に歩いた。入り口はまず筑波山神社の拝殿にお参りしてから。

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登り道はケーブルカーと並行する急な道。ちょうどまん中でケーブルカーが交差する。2台の車両がどうしてぶつからないのか?と疑問に思った方は、Wikipediaをご参照。それにしても、はじめてこれを考案した人はすごいなあ。

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歌垣で有名な男女の川の碑なども見て、2時間で急坂を登りきり、男体山と女体山の間の御幸が原に到着。ちょっと霞がちだが、晴天で関東平野も一望の絶景を楽しむ。酔仙は10何年ぶりかの再訪だが、回転レストランや土産物屋など、余り変わりのない景色である。団体の観光客がやってくる時代ではないが、その分中高年の登山客が増えているようだ。

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まず男体山の奥宮へお参り。日陰のところは岩の間がガチガチの氷になっていて、用心々々。

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御幸が原にもどって、今日の昼食はワカメ、ソーセージ入りラーメン。定番、シンサンの浅漬けやいただきもの色々。目の前の明るい雑木林は、春にはカタクリの花の名所になる。

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女体山の奥宮で御朱印をいただく。ここからはまた急な岩の間をつつじヶ丘方面への下り道。こちらのコースは初めてなのだが、下りはじめると、大仏岩、北斗岩、裏面大黒岩、出船入船、母の胎内くぐり、高天原、弁慶七戻、などと次々に大岩があらわれる。どれにも、注連縄や祠がついている。なるほど、筑波山は古代の神々が依り来る磐座(イワクラ)の一大聖地だったのだ。

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弁慶茶屋の跡地で、右に分かれて筑波山神社拝殿へ戻る。途中の白蛇神社もやはり磐座の上の祠。ゆるい道だが、けっこう歩かされる。出発点まで戻ると、ちょうど境内でガマの油売りが演じられていた。でも椅子に座って見ていたのは二人だけだった。ガマの油で観光客を呼び込める時代ではないのだなあ。

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今日の最後は、八千代町グリーンヴィレッジ、「やちよ乃湯」。広い芝生が広がり、大広間では皆さんカラオケで盛り上がっていた。食塩泉の沸かし湯だが、広いお風呂でのんびり汗を流す。今回も皆さんのお世話で楽しい山行でした、ありがとうございました。

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2009年1月15日 (木)

本059:八重洲古書館のパンフレットから

東京駅地下街の八重洲古書館で買い物ついでに、カウンターで小さなパンフレット「古書と出逢う」をもらった。その中に、「古書を買い取ります・・・・評価額について」、というページがあって、酔仙としてはけっこうヘエッと参考になった。1980年代が境目になっているのはなぜなんだろうか?興味のある人はご一読を。

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2009年1月 7日 (水)

雑116:いただきものは豆腐の味噌漬け

新年から誘われて飲み会。Aさんからのいただきものは、熊本産の「山うにとうふ」=豆腐のもろみ味噌漬け。

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荒とよ」の「豆酩(トウベイ)」とほぼ同じもののようだ。こちらのほうが甘口かな。ぼちぼちと酒が進みそうだ。

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徒然草に曰く、よき友、三つあり。一つには、物くれる友。二つには医師。三つには、知恵ある友。今年もまたお世話になります。

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2009年1月 1日 (木)

山031:元旦は太平山へ初日の出山行

Yさんのリーダーで、今日の元旦は栃木の太平山へ初日の出山行。現地合流の1名をあわせると、11人のメンバー。朝の4:20、スーパーHのまっくらな駐車場に集合して、車3台で出発。

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1時間ほどで麓の大中寺の駐車場に到着。快晴無風、頭上は星空。岩の多い山道を懐中電灯を頼りに登り始める。近頃はLEDのヘッドランプが普及してきたので、杉林の下道でもけっこう明るい。目移りするものもなく、ひたすら足元に注意しながらのハイペース。ぐみのき峠で一服。山頂の浅間神社は、初詣客の受け入れ準備中。

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1時間足らずで、道を少し下がった伐採跡地の急斜面に到着。空はもうすっかり白んでいる。ホットウィスキーなどをいただきながら、日の出を待つ。眼下は栃木の町の灯り、正面に筑波山の双耳峰、絶景のポイントである

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待つことしばし、6:48 筑波山の右のあたりから光があふれ出す。昇り始めると後はスルスルとあがってきて、たちまちあたりは2009年の光に包まれた。

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拍手を打って初日の出を拝む。さて、陽も上がりきったので、太平山神社に初詣。こちらは既に参拝客でいっぱい。家内安全、商売繁盛。

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兼信平の展望所に移って、お酒の続き。すこし風が出てきたので寒くなった。関東平野、谷中湖のむこうには東京の高層ビル、そして富士山。

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かくて初日の出、お参りを済ませて無事下山、帰宅の途についた。一年の計は元旦にあり。おかげで良い初日の出山行をさせていただきました。ありがとうございました。ことしもまた皆さんのお世話になります。よろしく。

P.S.「宅ふぁいる便」とかいうツールがあって、顔写真も配れるらしい。これからちょっとトライしてみます。

→大阪ガスの子会社が提供しているんですね。さっそく8名様にお送りしましたが、受信状況はいかがでしょうか。Nさんからの宅ファイル便はきれいに受信・解凍できました。

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